カメラのデザインにおける「テクノロジー」と「意味」

2020年8月26日

 カメラのデザインを決めているのは何なのでしょう?デザインの移り変わりを見ていくと「テクノロジー」と「意味」がカメラのかたちを決める大きな要因になっていることが分かります。私達の周りで技術は進む一方ですが「テクノロジー」だけでモノのかたちが決まっているわけではありません。そのモノが持つ「意味」が重要な役割を担っています。ここでは、35mmカメラの源流であるバルナックライカから大きく変わることが無かったカメラのかたちが1990年代に大きく変化し、その後、再びバルナックライカ型に回帰した経緯を辿ることで、デザインにおける「テクノロジー」と「意味」の関係を考えます。

デザインを確立したバルナックライカ

 35mmフィルムを使うカメラは1913年にオスカー・バルナックが初めて作りました。この時代、35mmフィルムは映画用のシネフィルムとして使われていましたが、これをスチルカメラに転用したのです。それまで、通常のカメラは木製の大型のもので、重いガラス製の写真乾板を使っていました。バルナックが勤めていたエルンスト・ライツ社はこの35mmフィルムを使うカメラを1920年に市販し「ライツのカメラ」(Leitz Camera )ということで「ライカ」と名付けました。

バルナックライカ(LeicaⅠ,1927)© Kameraprojekt Graz 2015 / Wikimedia Commons, CC 表示-継承 4.0, リンクによる

 このカメラがその後のカメラのデザインを決めたと言われています。ただ、それは美的に優れていたというより、機能的な制約によるものでした。35mmフィルムが入ったパトローネを一方の軸に装填し、もう一方の軸で巻き上げます。両方の軸の間でフィルムの感光面が平らに広がるスペースがあり、これと直角の方向からレンズで集めた光を当てます。光が丁度フィルムの感光面で焦点を結ぶ距離になるようにレンズの位置が決められます。もちろん光は常時当たっているのではなく、一瞬だけ取り込まれるようにシャッターがレンズとフィルムを隔てなければなりません。そして、これら全ては光が入らないように慎重に塞がれたケースに入ります。ところが、この暗箱はフィルムを入れるときには簡単に開け閉めができたり、レンズを交換したり、シャッター速度を変える機構も合わせて持たなくてはなりません。さらに、これらを全て手のひらに乗るようなサイズで実現するということになります。
 これだけの機能を実現して見せたのだから、ライカがスタンダードのデザインになるのも当然です。世界中のカメラメーカーはライカをコピーすることから始めました。日本でもたくさんのライカコピー機が作られましたが、やはり日本の技術力は素晴らしいもので、なかには「ライカを超えた」と言われるほど高い品質を持つものもありました。

「ライカを超えた」と言われたキヤノンレンジファインダー Canon ⅣSb,1952 (wikipediaより GFDL, リンク

Leica M3,1954 (wikipediaより Rama – 投稿者自身による作品, CC BY-SA 2.0 fr, リンクによる)

 ところが、1954年にライカから「M3」が発売されると、その性能の高さのあまり日本のカメラメーカーがそろって開発方針を一眼レフカメラに切り替えることになります。それでも、カメラとしての原型はそれほど大きく変わっていません。ファインダーの機構が変わりましたが、ライカが設定した機能はほとんどそのまま引き継がれることになります。

 その後もカメラメーカーは沢山の名機を生み出しますが、1913年から始まった伝統は変わることはありませんでした。ライカを頂点にしたヒエラルキーは好き嫌いはあるにせよ、厳然として存在し継続していたのです。

一眼レフになっても基本構造は同じ
Nikon F,1959

テクノロジーによるデザインの変化

 ところが、1994年に、思ってもいない方向から変化が起こります。計算機の会社であるカシオがデジタルカメラQV-10を発売したのです。デジタルカメラと言えるものはこれ以前にもありましたが、QV-10は撮影画像をその場で確認できる背面の液晶パネルやパソコンと直接接続して画像を移動させる仕組みなど、現在に続くデジタルカメラの基本的な機能を実現したものでした。右側に極端に寄った位置にあるレンズ。このレンズ部分は垂直方向に回転し撮影画像を目視しながらシャッターを切れるものでした。35mmフィルムという制約が無くなったことで、カメラはデザインを思い出したように自由になります。

1994~2005 デジタルカメラ黎明期の多彩なデザイン

レンズ回転型 Casio QV-10,1994
(Wikipadiaより GFDL, リンク

香水瓶型 CONTAX i4R,2005
縦型 FUJIFILM FinePix 1700Z,1999
(Wikipadiaより Ypy31 – 自ら撮影, パブリック・ドメイン, リンクによる)
Nikon COOLPIX 950,1999
(Wikipadiaより CC 表示-継承 3.0, リンク)
SONY Cybershot DSC-F1,1996
(Wikipadiaより Morio – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる)
Canon PowerShot 600,1996
(Wikipadiaより Morio – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる)

 それはまるで、カンブリア爆発のようです。テクノロジーの発展はデザインに決定的に影響するということでしょうか?つまり、テクノロジーがモノの形を規定しているということなんでしょうか?バルナックの考えたテクノロジーがその後80年に渡ってカメラのデザインを規定してきました。そして、デジタルという新しいテクノロジーが登場した途端、カンブリア爆発を起こしたことからもこの考えは有力に思えます。

   「テクノロジーがデザインを規定する」

バルナックカメラ型への回帰

しかし、待ってください。最近のカメラデザインを見てみましょう。

2004~2018 昔のフィルムカメラのような最近のデジタルカメラ

FUJIFILM X100,2011
(Wikipadiaより Kateer – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる)
OLYMPUS PEN E-P1,2009
(Wikipadiaより Julien Min GONG from Beijing, China – Olympus E-P1, CC 表示 2.0, リンクによる)
SONY Cyber-shot DSC-RX100,2012
(Wikipadiaより Oilstreet – 投稿者自身による作品, CC 表示 2.5, リンクによる)

Nikon Df,2013
(Wikipadiaより ranekoNikon 1 V2 + Nikon Df, CC 表示 2.0, リンクによる)
Panasonic LUMIX DMC-LC1,2004
(Wikipadiaより 663highland, CC 表示 2.5, リンクによる)

SIGMA DP-1,2008
(Wikipadiaより Ozizo – Ozizo’s file, パブリック・ドメイン, リンクによる)

 どれもみな、バルナックライカの延長のようなデザインに戻っています!横長の小箱という基本構造があり、その側面中央にレンズが付いています。操作系のボタンやダイヤルが小箱の上部に配置されているのも1913年から変わっていません。レンズ回転型も香水瓶型も縦型も進化の激流のなかでは生き残れなかったということでしょうか。ここから分かるのは、テクノロジーはモノの形に決定的に影響しますが、それが全てでなないということです。では、何が影響しているのでしょう?それは、製品が持っている「意味」です。私達が製品を購入するとき、機能だけで選択しているのではありません。その製品が持っている「意味」が大きく影響しています。

 オリンパス Penはライカのサブカメラに使える性能を目指して1959年に米谷美久さんが開発したハーフサイズカメラが源流です。ワイドレンズが付いたPen-Wは戦場カメラマンの石川文洋さんや写真家の森山大道さんが愛用したことで有名です。低価格だけど性能に妥協しない本格志向。そんなコンセプトを受け継いだのが2009年に発売されたデジタルカメラのシリーズです。

OLYMPUS PEN3,1965
(Wikipadiaより John Nuttall from Hampshire, United Kingdom – Pen D3Uploaded by oxyman, CC 表示 2.0, リンクによる)

 ライカM3ショックで一眼レフに舵を切ったニコンは1959年に「F」を発売します。プロの使用に耐える堅牢性と完成度はその後の一眼レフ全盛の時代を切り開くものでした。1980年に発売された「F3」はジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたもので、プロ仕様はそのままに自動化技術をふんだんに盛り込み、世界中で愛されるカメラになりました。現在のニコンデジタル一眼のデザインはこの時代からの系譜と言えます。

世界中で愛された一眼レフ
Nikon F3,1980

 このように製品が持っている歴史も「意味」の一つです。カメラの場合は、やはりライカとの関係でポジションを取ることが無意識的に行われてきたように思います。「ライカを超える」「ライカのサブ」「ライカが目指していない一眼で勝負」ライカとの比較やライカとの相対的なポジショニングで自身のアイデンティティを規定していく。そんな伝統がカメラには無意識的にせよあるのではないでしょうか?このようなライカとの関係性というのも「意味」の一つです。だから、デジタル技術でカンブリア爆発を起こした後も、ライカ型のスタイリングに回帰しているのです。

 「本家ライカを超えた性能を持つCanonレンジファインダー」
 「ライカのサブカメラとして有名な写真家も愛用したオリンパスPen」
 「ライカが実現できなかったプロ仕様の一眼レフで世界の頂点を極めたニコンF3」

 このような前世代のフィルムカメラに込められた「意味」を受け継いでいるのが最近のデジタルカメラです。そんな意味を持つ一台を自分のモノにしたい。そういう思いが商品を選択するときに働きます。私達はモノを購入すると同時に物語(歴史)という意味、つまり情報を一緒に買っているのです。それはライカを知らない世代にも引き継がれることになります。歴史は新たに起点を変えて語り継がれるからです。

 「伝統のFシリーズの系譜を受け継ぐNikonのデジタル一眼」

 木の幹から枝別れし、さらに枝が伸びるように、幹のことは知らなくても、枝の部分から新たな物語が始まっているからです。でも、枝はやっぱり幹に繋がっているので、デザインは源流の影響を大きく受けることになります。

「テクノロジー」の陳腐化と新しい「意味」の創出

 そうすると、なかなか革新的なデザインは生まれないように思いますが、私はそれはそれで好ましいことのように思います。新たなテクノロジーが登場するたびに物語がリセットされてしまうより、小さな物語に自分も少しだけ参加し「意味」を持つ製品を所有する喜びを感じていたいと思うからです。そして、カメラのカンブリア爆発が早々に収束したように、世の中のテクノロジーの受け取り方も抑制的であるようです。最新テクノロジーは好きだけど、それだけでモノを選択しているのではないようです。やはり、多くの人が意味の重要性に軍配を上げているということではないでしょうか。最近のカメラデザインはそれを敏感に反映したものです。

 このようなデザインにおけるテクノロジーと意味との関係は、カメラだけでなくあらゆる製品について言えることです。
 腕時計の機能は正確な時刻を知らせるというものです。ところが1970年代に登場したクォーツ技術で、この課題は解決されてしまいます。クォーツになり低価格化が進み、デジタル式や電卓が付いたもの、コンピューターが付いたものなどが登場します。しかし、今では、デザインもベーシックなアナログ式に回帰しています。外見だけでは50年前の時計と区別をつけるのが難しいのではないでしょうか。それどころか、腕時計ではテクノロジーも原点に回帰していて、機械式の高級時計が復権しています。高級時計に大金を払うのは時間を知りたいからではなく、その時計やその時計を持つ意味(ステータス)に価値を見出しているからです。

 時刻を知る機能がスマートフォンに代替されたように、写真を撮るのもスマートフォンで十分という人も多くなっています。デジタルカメラの売上も年々減少しており、その傾向は明らかです。今後、カメラはどのようになっていくのでしょう?腕時計のようにテクノロジーも回帰してフィルムカメラが復権するのでしょうか。最新の電子技術と職人達の磨き抜かれた技術で作られたフィルムカメラ。往年のF3やライカのM7を超えるような一台が登場したら、カメラはもう一度新しい意味を持つかもしれません。

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