大きなデザインと小さなデザイン

2020年8月12日

 「デザイン」という言葉は日常でも良く使われるので、何となく分かったつもりになっていますが、実際何を表しているかは人によっても、使う場面でも異なります。自分が取り組みたいことはデザインの対象なのか?デザインにはどんなことができるのか?デザインするためにはどんなことを学べばいいのか?そんな疑問が生じるのは「デザイン」という言葉が曖昧で漠然としているからではないでしょうか。
 「デザイン」という言葉が何を表しているかを、もう一度考えてみると手がかりがつかめるかもしれません。ここでは「大きなデザイン」「小さなデザイン」という視点から「デザイン」ということについて考えてみたいと思います。
 まず、デザインという言葉の意味の変遷を辿ります。いま、デザインというと「大きなデザイン」のことを指しているのが一般的ですが、「大きなデザイン」が登場した背景やその構成要素について解説します。そして、私達がデザインする対象はそもそも何なのかということについて確認します。そのうえで、伝統的にデザインが扱ってきた「小さなデザイン」との関係について考察します。
 デザインという広大で複雑な概念を俯瞰することで、 自分が取り組みたい活動に有効かを判断できます。また、ここではデザイン一般について考察していますが、アナロジカルデザインが対象とする領域も考え方は同様です。

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「デザイン」という言葉の意味

 1990年代くらいまで「デザイン」は色や形などモノの外観を美しく造形することを指していました。インテリアデザイン、カーデザイン、グラフィックデザイン、ファッションデザイン...美しくデザインされたモノと、これを作り出す特別な才能を持ったデザイナーたち。「デザイン」という言葉からはそんなことが一番にイメージされます。
 しかし、2000年頃から「デザイン」には新たな意味が加えられます。企業活動におけるプロセスや戦略にも「デザイン」が取り入れられるようになります。プロセス改善や戦略策定は「問題発見」と「問題解決」の繰り返しです。企業活動のように様々な価値観が存在し明らかな正解が無い領域で「デザイン」の方法が有効であることが知られるようになります。
「デザイン」という言葉の変化
  20世紀まで:モノの色や形などの外観(意匠)を造形するための活動
  21世紀から:問題発見と問題解決を行うための活動

  ハーバード大学デザイン大学院で学んだ各務太郎氏は著書『デザイン思考の先を行くもの』で前者を「スタイリング」と呼んでいます。モノのスタイルのことなので「スタイリング」という言葉がぴったりです。ここで注意しなければならないのは、今世紀に入ってモノの外観に関する活動を「デザイン」と言わなくなったかというと、そうではありません。元の意味に「問題発見と問題解決」という意味が加わったということです。つまり「デザイン」という言葉で表す領域が広がったのです。

「デザイン」という言葉の変化

 後から追加された「問題発見」「問題解決」という領域がとても広いので、いま「デザイン」と言うと、一般的にはこちらを指している場合が多くなっています。モノの外観は「デザイン」の一部という感じです。
 ここではミラノと東京でビジネスプランナーとして活躍する安西洋之氏とデザインマネジメントの専門家で立命館大学経営学部教授の八重樫文氏の共著『デザインの次に来るもの』に倣って、プロセスや戦略を対象とした問題発見、問題解決の活動を「大きなデザイン」、モノの色や形などの造形については「小さなデザイン」と呼びます(以下は、素晴らしい観点を与えてくれた本書をきっかけに私が考察した内容です。両氏の見解と異なる点があるかもしれませんのでご了承ください)。

 さて、問題発見と問題解決を行う「大きなデザイン」とはどのようなものなのでしょう?あまりにも対象が広すぎて焦点がぼやけてしまいます。この「大きなデザイン」と「小さなデザイン」は切り分けて考えられるものなのでしょうか?それともお互いに関連しあうものなのでしょうか?

「大きなデザイン」が現れた背景

 1990年代には情報化が急速に進展しコンピューターネットワークが世界中を覆いつくしました。 パソコンや携帯電話が普及し日常的に一般の人が電子機器を使う時代に入ったのです。この頃から人々の価値観の重点はハードウェアからソフトウェアにシフトしていきます。しかしソフトウェアは無形物であり、それを所有しているだけでは価値を生みません。ユーザーはソフトウェアを使った先の「問題解決」に価値を見出し始めたのです。人間には不可能なスピード、高い正確性、膨大な情報の記憶...ハードウェアからソフトウェアへの価値転換は「所有」から「問題解決」への価値転換を伴っていました。
 ところで、ソフトウェア開発では従来からデザインという言葉が使われてきました。
  外部設計…External Design
  内部設計…Internal Design
 ソフトウェアをどう設計(Design)するか?ということはユーザーの「問題解決」をどのように効果的に行うか?ということです。 効果的な「問題解決」の方法としてデザインが再定義されたのは、情報化とソフトウェア化が進み「問題解決」に人々の関心が集まったことが背景にあると考えられます。
 ソフトウェアには人間が行う作業や組織が行う業務を自動化するためのものが数多くあります。個人が使うメールやカレンダーなどのアプリ、企業が使う様々な業務用ソフトウェアなどです。業務用ソフトウェアをデザインする際、これを利用する業務プロセス自体が効率の悪いものであれば、ソフトウェアによる「問題解決」にも限界があります。業務プロセスも情報化の恩恵を最大限受けられるようデザインし直す必要があるかもしれません。
 ソフトウェアを効果的にデザインし、同時に作業や業務プロセスを効率的かつ効果的なものにできれば、より大きな価値が生まれます。無駄を排除しミスを発生させない業務プロセスは最終的にはユーザーが受ける価値も高めます。こうしてデザインはプロセス自体の問題を発見し解決することも対象とするようになったのです。
 ソフトウェアやコンピューターシステムはそのためのツールの1つですが、効果的な「問題解決」の方法としてデザインが再定義される原動力になったのではないでしょうか。

 2004年、NHK教育テレビの『にほんごであそぼ』がテレビ番組として初めてグッドデザイン賞に選ばれました。これは、無形物もデザインの対象であるという認識が徐々に広がっていったことを象徴しています。テレビ番組もまた、ユーザー(視聴者)の教育的あるいは娯楽的なニーズを満たすための「問題解決」手段と言えます。

 デザインは製品の外観をどうするか?というほんの一部の役割を担っていましたが、製品を生産するプロセスや材料の調達、マーケティングやブランディングなどにも領域を広げていきます。企業活動の全般ということになりますが、これはデザインの方法が「問題発見」や「問題解決」に有効だったからです。必然的に企業活動を統括する戦略の領域にもデザインを適用する動きが広がりました。
 このように、ある目的を達成するために人間が決めたルールに則り行われる活動の全てがデザインの対象になってきます。以下では「大きなデザイン」が対象とする領域の具体例を見てみたいと思います。

「大きなデザイン」の構成要素

ビジネス

 収益を目的にした事業活動の全般が「大きなデザイン」の対象になります。戦略のレベルでは会社全体の経営戦略。マーケティングやブランド、生産、人事などの機能別戦略。個別の製品やサービスなどの事業戦略などです。プロセスレベルでは調達、生産、販売、保守・運用、財務管理、新製品開発などあらゆるプロセスが対象になります。プロセスをより細分化した作業レベルもデザインが適用できます。生産工程における動線のデザインやITシステムのUIなどは作業レベルのデザインということになります。

サービス

 サービスも対象が広すぎて焦点が定まり難い言葉ですが、まずビジネスの一環として提供されるサービスがあります。企業が顧客に提供する有形物は「製品」、無形物は「サービス」と呼んでいますが、ここでいう「サービス」も「大きなデザイン」の対象領域です。
 例えば「宅配」というビジネスを考えた場合、顧客からは荷物を届けてくれるサービスとして見えますが、宅配業者はこれに加えて、ドライバーの雇用や人件費、トラックの調達やガソリン代、広告宣伝などビジネス全体の様々な要素を見なければなりません。ビジネスを顧客価値の観点から見たものが「サービス」ということになります。

 それでは、ビジネス以外のサービスはどのようなものがあるかということですが、これは非常に多岐にわたります。社会課題を解決するための活動、国際機関や国、地方自治体などが行う様々な取り組み、非営利活動などが含まれます。
 また、個人や家族での日常生活における様々な活動もサービスと言えます。 学習、進学、就職、結婚、家事、娯楽、貯蓄、子育てなどです。スポーツや趣味などプライベートのグループ活動も含まれます。

 以上のようにサービスには、ビジネスの一環として顧客に提供する活動と、目的を実現するために個人や組織が行う様々な活動の2つに分けられますが、どちらも「大きなデザイン」の対象領域ということになります。

情報システム

 ソフトウェアなど情報システムも「大きなデザイン」の対象です。情報システムはビジネスやサービスの目的を実現するための手段(ツール)として利用され、現在ではとても大きな影響力を持つようになりました。情報システム自体にも目的があり、開発方法や提供形態なども特徴的で複雑な体系を持っています。これらを考えると、「大きなデザイン」の3つ目の軸として切り出すのが妥当ではないでしょうか。

 これら3つの軸は論理的に定義できるものではありません。それぞれは厳密に区分されるものではなく、含まれていたり、重複していたりします。「大きなデザイン」の内訳を考える時に「丁度、塩梅がいい」という感覚的なものです。「塩梅がいい」というのは抽象化レベルが適当で、これらを具体化した時に同じくらいの規模感を持っているのではないかいうことです。
 もう少し、これらの構造について考えてみたいと思います。

「大きなデザイン」の構造

 「ビジネス」の一環として「サービス」を提供し、その中でのツールとして「情報システム」を利用している。こういった場合、これらには階層構造があります。下位の目的は上位の手段になるという関係です。

「手段」と「目的」の階層構造

 このような場合でも、各々のレイヤーで目的があり問題やその解決方法も大きく異なります。つまり、「情報システムはビジネスの手段なのでビジネスのなかで考えればいい」というものではないということです。情報システムは独立した目的を持っており、抱える問題も特殊なものがあると考えられます。
 これは「サービス」についても同様です。「ビジネス」の一環として「サービス」を提供する場合も、顧客価値に焦点を当てる場合と収益を含めたビジネス全体を考える場合では、大きな違いがあります。
 また「サービス」には「ビジネス」に含まれないもの(公益サービスや個人の様々な活動)も大きな領域を占めています。
 相互に重複する範囲はありますが、この3軸を「大きなデザイン」として捉えると、整理し易いと思います。

「大きなデザイン」の3つの軸

デザインするのは「機能」と「意味」

 ここまで「大きなデザイン」は「ビジネス」「サービス」「情報システム」の3軸で捉えると都合が良さそうだということが分かりました。では、それぞれの「何を」デザインすることで「問題発見」し「問題解決」できるのでしょうか?もう少し具体的に見てみましょう。
 1つは「機能」です。対象を構成する要素の役割と関係性のことを「機能」と言いますが、「ビジネス」「サービス」「情報システム」各々の目的実現に即した「機能」を定義していく活動がデザインと言えます。不足した機能や不十分な機能を見出し(問題発見)、これを追加したり改善することで目的を実現します(問題解決)。これは、とてもイメージし易いと思います。従来は住民票を取得するため役所の窓口が開いている時間に出向かなければなりませんでしたが、遠隔で発行できるサービス「機能」と情報システム「機能」をデザインすることで問題解決したのです。
 もう1つは「意味」をデザインすることです。電話はインターネットに接続することで個人間の通信手段から世界中の情報へのアクセスプラットフォームという新しい「意味」を持ちました。高級イメージが強かった寿司店は回転することで、若者や家族連れが気軽に行ける場所という新しい「意味」を持ちました。「弁護士ドットコム」も新しい「意味」を創造しています。それまで 「弁護士というのはそもそも敷居の高いものだ」という何となく染みついている私達の常識を覆す「問題発見」を 通じて、弁護士に相談するという行為をカジュアルでオープンなものにしました。
 「問題発見」と「問題解決」は「機能」と「意味」をデザインすることで実現できるということです。

「機能」と「意味」のデザイン

「小さなデザイン」と「大きなデザイン」の関係

 冒頭で「小さなデザイン」とは「モノの色や形などの外観(意匠)を造形するための活動」と定義しました。これは有形物を対象にしていますが、有形物のデザインは色や形だけでは完結しないことに注意が必要です。
 アート作品などを除くすべての有形物は何等かの「機能」を持っています。掃除機もティーポットもビルディングも爪切りも、機能が外形を規程していますし、また、外形が機能を規程しています。どんなにスタイリッシュな外観でも使い難かったり危険なものでは意味がありません。
 逆に機能さえ満たしていれば私たちは満足するのでしょうか?そんなこともありません。所有したり日常的に利用するものは、美しく、好感が持てる外観であることを望みます。それは、所有したり利用することに喜びや意味を見出すということです。

 有形物には色や形に加えて「機能」や「意味」などのデザインも含まれているようです。これらを総合的にとらえ、それぞれを往復しながら造形していくのが有形物のデザインということになります。

 SONYの『ウォークマン』は1979年の発売ですが、当時、カセットプレーヤーは既に普及しており、ヘッドホンも技術的に目新しいものではありませんでした。 『ウォークマン』 にはスピーカーはついておらず録音機能すらありませんでした。他のオーディオプレーヤーの方がたくさんの機能があったのです。しかし「屋外で音楽を聴く」という新しい「意味」を作り出すことに成功し、その後の音楽文化まで変えてしまうほどのインパクトがあったのです。

 ここにきて、ようやく「大きなデザイン」と「小さなデザイン」を繋ぐものが見えてきました。冒頭で「2000年までデザインは色と形だった」「その後、問題発見と問題解決に変化した」というお話しをしました。 何か全く別のものがテーブルに載せられてしまったようで、なかなか理解し難い事だと思います。
 ですが、従来からモノの色と形のデザインを通じて「機能」と「意味」も同時にデザインしていたということです。つまり「問題発見」「問題解決」という要素はもともとあったのです。情報化、ソフトウェア化などを通じた「問題解決」に対する価値意識の高まりがあり、「機能」と「意味」の集合体である無形物のデザインが大きなテーマになりました。その結果「問題発見」「問題解決」が大きくフューチャーされたということです。「大きなデザイン」と「小さなデザイン」は「機能」と「意味」をブリッジにして繋がっているということになります。

  この記事では対象領域など「空間軸」について解説しましたが、デザインプロセスなど「時間軸」については「アナロジカルデザインとは」を参照してください。

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