アナロジー思考の解説
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大きなデザインと小さなデザイン
社会が複雑化し個人の価値観も多様化するなか、デザインの果たす役割はますます大きくなっています。近頃は色々な観点からデザインの方法や考え方について解説されていて、実際に活動を始める際、何をどのように利用すればいいのか混乱するという状況もあります。
ここではアナロジカル・デザインで鍵となる4つの概念を分かりやすく整理することで、デザインを始めるための足掛かりを提供します。また、デザイン思考など既存の方法と比較することでこの方法の特徴を掴みます。
(アナロジカル・デザインのキー概念)
・アナロジー思考
・問題発見の重要性
・具体化と抽象化
・ダブルダイヤモンド
まず、アナロジーの意味とデザインプロセスを概観します。次に、デザイン思考の効用と限界について確認し、更に一歩進めるために「問題発見」の2つのパターンとアナロジー思考の効果について解説します。最後に具体化と抽象化の意義と5フェーズのメソッドについて全体像を確認します。
問題発見と問題解決がどのように行われるのか?アナロジー思考はどのように効いてくるのか?アナロジカル・デザインの活動を開始する準備を整えることができます。
Contents
問題発見に威力を発揮するアナロジーを使ったデザイン
デザインは 「問題発見と問題解決を行うための活動」と言えます。アナロジカル・デザインはアナロジー思考をデザインに適用し「問題発見」と「問題解決」を行うものです。
アナロジーを使ったデザイン ⇒ アナロジカル・デザイン
アナロジーとは「類似しているものから推しはかって考えること」です。Aと類似したBがあったとき、Bの特徴を借りてAについて考えたり説明することです。 アナロジーは意外と身近なもので、日頃、気付かずに皆さんも使っていると思います。
例)
「就職(A)」と「結婚(B)」・・・「就職は結婚と似ている」「相手(会社)との相性が大事でお互い幸せで(利益が)ないと長続きしない」
「人生(A)」と「山登り(B)」・・・「人生は山登りに似ている」「山へ登ったかぎりは、降りなければならない」「降りないことを遭難という」
昔の人が言った名言やことわざにもアナロジーはたくさん見つかります。アナロジー思考はシンプルですが奥が深く、まったく新しい観点が得られる思考法です。このような例え話や何かを何かに「見立てる」ことで、私達は日々新しいモノの見方を獲得しています。 著作家で 「人文科学と経営科学の交差点」をテーマに活動 している山口周氏は著書『ニュータイプの時代』で「「価値創出」の源泉が「問題を解決し、モノを作り出す能力」から「問題を発見し、意味を創出する能力」へとシフトしている」と述べています。モノがあふれている現代では様々な「解決方法」が既に存在しています。問題を発見し新しい価値を創造する能力がより強く求められています。
この「問題発見」を強力にサポートするのがアナロジー思考です。新しい観点を得ることで「誰も問題だと思っておらず」「発見することによって初めて問題となる」ようなことを見つけることが出来ます。誰も発見していない問題を解決することは新しい価値を「創造」することと言えます。
このサイトでは「問題発見」から「問題解決」までのプロセスを「ダブルダイヤモンド」というデザインの方法で行うことを提案しています。 アナロジーをデザインに適用するアナロジカル・デザインは「創造するイノベーション」を実現する決定的な武器になります。
デザイン思考の限界
デザインが問題解決の手段として有効だという考え方は、ここ20年くらいで一般化しました。「デザイン思考」はIDEO社やスタンフォード大学の取り組みが広く紹介され、ビジネスの現場でも「デザイナーのように思考する」ことが行われるようになりました。デザイン思考は「厄介な問題」を解決するために、非常に優れた思考方法です。「厄介な問題」 とは、そもそもどんな答えが目指されるべきかもわからない、たとえば、「子供をどのような大人に育てるべきか」というような問題のことです。「人類を火星へ移住させる」という問題は、複雑で解決が困難ですが、問題が明らかなので一つ一つ解決することでゴールに到達することが可能です。
デザイン思考はこの「厄介な問題」に対処するため「ユーザーへの共感」から「問題定義」し「プロトタイピング」を繰り返すことで、失敗から学んでいくという方法を取りますす。そのプロセスは洗練されており、様々な場面に適用できます。
改めてデザインという言葉を定義すると、「問題発見と問題解決を行うための活動」と言えます。 デザイン思考では問題をユーザーのなかに見出します。ユーザーが気づいていない潜在的な問題点を、観察者となり共感することによって、明らかにしていきます。
ここで注意しなければならないのは、出発点はユーザーが既に抱えている問題点だということです。つまり、デザイン思考では、今までに誰も認知していない「問題」を「発見」することには限界があるということになります。もちろん限界があるからといって「無効」というわけではありません。デザイン思考は課題解決型の思考法としてはやはり大変「有効」です。デザイン思考はこの限界を超えることで、更に進化することができるのではないでしょうか。
2種類の「問題発見」
ここで「問題発見」には2種類あることが分かります。
・ユーザーなど他者が抱えている問題から、真の問題点を顕在化すること
・ユーザーを含め、誰も気づいておらず、発見することによって初めて問題となる事象を顕在化すること
ヘンリー・フォードは「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」と言ったそうです。寿司店の常連客にいくらインタビューしても「回転寿司」のアイデアには辿りつけそうにありません。1990年代に携帯電話のヘビーユーザーがイメージした多機能な端末とは、ボタンの数がさらに増えた形だったのではないでしょうか。
フォードは「高速馬車王」ではなく「自動車王」になりました。白石義明氏はビール工場の見学から回転寿司のヒントを得ています。皆さんが持っている多機能な端末のボタンは多くても1つです。これらは全て「誰も気づいておらず」「発見することによって初めて問題となる」ことを顕在化し、それを解決した例になります。 このような行為をここでは「創造」と言います。ユーザーのことを精緻に調べ分析を尽くしてもこれらの「創造」は実現しなかったのです。
ハーバード大学デザイン大学院で学んだ各務太郎氏は著書『デザイン思考の先を行くもの』で「デザイン」と「スタイリング」との違いについて、傘を例に挙げて説明しています。このことについては今後の記事で詳しく紹介しますが、傘のデザインも「誰も気づいておらず」「発見することによって初めて問題となる」ことを顕在化した例になります。
傘が発明される前は、雨が降ったら濡れるのが当たり前で、その事を誰も問題だとは考えていなかったのです。傘を発明した人が初めて「雨が降って濡れるのは問題である」という気付きを得たわけですが、これが「問題発見」になります。この気づきこそが創造的イノベーションの第一歩です。2020年、AIが進化し、量子コンピュータの開発が本格化した現在でも、 傘は私達にとって無くてはならないものです。
「発見することによって初めて問題となる」ことを見出すのが「創造」の手がかりらしいということは分かりました。では、それはどのように行えばいいのでしょう? それには、まったく新しい観点が必要になります。
異分野の繋がりを見つけるアナロジー思考
「AとBが似ている」というとき、私達はどのようなことを考えているのでしょうか? 「鳥と飛行機が似ている」「医者とコンサルタントは似ている」...などなど。
鳥と飛行機は「空中を移動する」という目的が同じです。医者は患者の、コンサルタントはクライアントの問題を受けてこれを解決するために専門家として指導するという意味では一致しています。
アナロジー思考は以下のような構造になっています。
自分が問題を発見し解決したいモノやコトを「ターゲット」と言います。ターゲットの目的や構造など抽象化したレベルで似いる領域を見出します。これを「ベース」といいます。この関係性からアイデアを発想します。ベースではどのように目的や構造が実現されているのかを具体的に検証し、その「実現のされ方」をターゲットに適用できないかを探ります。
「鳥」と「飛行機」は異なる領域(動物と機械)ですが目的は一致しています。飛行機(ターゲット)の翼は鳥(ベース)の翼の断面を真似ることで揚力を発生させています。「傘」の例で言うと「上空から降ってくるものを防ぐ」という点で似ているものを見出したのではないでしょうか。既に発明されていた「日傘」のアナロジーで「雨傘」が発明された可能性があります。降り注ぐ「日光」を「雨」に見立てて、防水などの機能を施したものが、今、私達が使っている「傘」になったのではないでしょうか。
このように一見、遠い世界や正反対の世界が目的や構造で繋がっていることを見つけることが出来ると、新しい観点が生まれ、その領域から多くのアイデアを発想することができます。
アナロジー思考の構造
ターゲットとベースは抽象化したレベルで似ているということになりますが、この抽象化とはなんでしょうか?なぜ、抽象化しなければならないのでしょう?「抽象化」とは「対象から注目すべき要素を重点的に抜き出して他は捨て去る方法」です。 あるいは「複数のものを、まとめて一つとして扱う」「複数の要素間にあるパターン(法則)を見つける」こととも言えます。
モノやコトについて、このような「抽象化」を行うことで対象の本質が見えてきます。本質というのは「目的」や「意味」などのことで、このレベルで似ているものからは優れたアイデアを発想することができます。携帯電話は100年以上続く電話機の進化系です。機能が増える度にボタンの数も増えていきました。この「ボタンの数」のような具体的なレベルで考えていると「さらにボタンを増やそう」となってしまいます。それまでは個人対個人の通信手段だった携帯電話はインターネットと接続したとき、世界中のあらゆる情報にアクセスするためのプラットフォームという新しい「意味」を持ち始めていました。このような本質を理解していたのは、既にインターネットへのアクセス手段となっていたパソコンを開発する会社でした。電話会社はどこまで行っても「電話機」の延長としてしか捉えられなかったのかもしれません。
ここで「抽象化したレベル」と言っていますが、大前提として「抽象化」するためには「具体化」された情報が必要です。携帯電話やパソコンについて正しい観点で抽象化するためには、まず、それらについて「具体的」な知識が必要です。「具体化」とは漠然とした曖昧なことを細部まで分解して明確にすることです。自分が長年携わってきた仕事や製品などについても、意外と「具体化」されていないことが多く(ある特定の面についてだけ具体化され、あとは漠然としている)、改めて客観的に具体化することは、新しい発見に繋がります。
もちろん、単に「抽象化」したレベルでの類似性を発見しただけでは、問題解決にはなりません。携帯電話とパソコンの相違点を見極めパソコンにおける実現方法について細かく検証する必要があります。既にパソコンではマウス操作によってディスプレイ上の情報に自由にアクセスすることができていました。ノートパソコンにはマウスの代わりに「タッチパッド」が付いていて指の動きでディスプレイにアクセスすることが可能でした。これらの技術について個別に「具体的」に検証していく過程でタッチパネルを備えた端末という形に収束していったのではないでしょうか(iPhone誕生の経緯はこちらをご覧ください「iPhoneの誕生にみるアナロジー思考」)。
このように「問題発見」と「問題解決」のプロセスは「具体化」と「抽象化」からなっています。これを繰り返すことによって正しい問題を見つけ、正しい解決を見つけます。
具体化と抽象化を繰り返すダブルダイヤモンド
ダブルダイヤモンドの1つ目のダイヤで「問題発見」を行い、2つ目で「問題解決」を行います。それぞれのダイヤで線が広がっているフェーズは”発散”することにより「具体化」します。ダイヤの線が閉じているフェーズは”収束”する「抽象化」フェーズです。「問題発見」と「問題解決」でそれぞれ「具体化」と「抽象化」を行います。図では「具体化」と「抽象化」 を一回づつ行っていますが、「問題発見」に至るまで複数回繰り返しても構いません。「問題解決」においても同様です。
このダブルダイヤモンドは2005年に英国デザイン協議会が初めて導入しました。デンマークのビジネスデザインスクール「カオスパイロット」でもこの方法が使われています。考えてみると、多くの「方法論」や「手法」と呼ばれるものは 「具体化」と「抽象化」 の繰り返しから出来ています。KJ法における「探検~観察」は「具体化」に当たり「発想~推論」は抽象化で、つづく「実験計画~観察」でもう一度「具体化」し、最後に「検証」で「抽象化」するという流れになっています。デザイン思考におけるインタビューなどを通じた「共感」は「具体化」、ここから「問題定義」するのは「抽象化」、コンセプトを拡大する「創造」は「具体化」、「プロトタイプ」で物質世界に落とし込むのは「抽象化」となります。
私達の身近でも意識せずに 「具体化」と「抽象化」 を繰り返している例はたくさんあります。例えば「引越し」です。新しい家に引っ越すことを考えたとします。最初、インターネットの物件情報など手当り次第に集めます。この段階では自分が求めるものが曖昧なこともあると思いますが、これが「具体化」です。徐々に集めた情報から引っ越し後のイメージを掴んでいきます。「どんな街で」「どんな部屋に」住みたいか。多くても数個のイメージに収束しているはずです。ここが「抽象化」です。そこで、不動産屋に行って、実際に物件を見て回ります。インターネットで調べた物件に加えて不動産屋から紹介された物件なども巡るうちに、最初「いいな」と思っていた物件は意外と周囲の騒音が気になったり、実際に足を運ぶことで、全然知らなかった街の物件が気に入ることもあります。これはもう一度「具体化」していることになります。最終的にはそれらを総合して評価し1軒に絞り込む「抽象化」を行います。
あらゆる活動の中で人類は「具体化」と「抽象化」を繰り返してきたと考えられます。それがデザイン方法や発想法に適用されたときに「方法論」と名付けられ体系的に整理されますが、もともと、人間にとっては至って自然な思考方法なのだと思います。
アナロジカル・デザインでも 「具体化」と「抽象化」 は鍵になります。ダブルダイヤモンドは「具体化」と「抽象化」 が一番、鮮明に示されているデザイン手法だといえます。ここではダブルダイヤモンドをベースにした問題発見と解決の進め方を提案しています。
アナロジカル・デザインにおける「問題発見」の「具体化」ではターゲットについて様々な観点で「具体化」していきます(フェーズ1)。これらを「抽象化」することでターゲットの「意味」や「目的」など本質を見極めます(フェーズ 2)。この「意味」や「目的」のレベルで類似した領域を探しますが、ここはアナロジカル・デザインに特徴的なマッチングのフェーズになります。マッチングする相手であるベースとの比較からターゲットに欠けている部分(ベースから持ちこむ部分)が見えてきます。ここまでが「問題発見」になります(フェーズ 3)。次にベースからターゲットに適用する内容を具体的に検証していきます。類似点だけでなく相違点についても検証します(フェーズ4)。最後に様々な解決策を総合し「意味」や「目的」など本質的なレベルで問題が解決されるかを検証します。プロトタイプやビジネスモデルなどの手法で「抽象化」します(フェーズ5)。
ここではターゲットを具体化することからスタートしていますが、ベースから初めて後でターゲットとマッチングする方法も可能です。
本サイトの課題意識と仮説
さて、ここまで 「創造的イノベーション」 を実現するためには、アナロジカル・デザインが有効だ、というお話しをしました。そのためには「具体化」と「抽象化」が鍵になるということもお話ししました。しかし...しかし、「ターゲットの本質を見極めるために抽象化しましょう」「抽象化したレベルで類似した領域を探してマッチングしましょう」「そうすると誰も発見できなかった問題が見えてきます」とか言っても「そんなの簡単にできるわけないだろう!!!」と思いませんでしたか?
私も全く同じように思います。
それが、このサイトの出発点です。
アナロジー思考にしても、その中で行う「具体化」や「抽象化」にしても、難易度が高く「センスのある人には出来る」という類のものなら、結局は「イノベーションは天才が起こすもの」ということになってしまいます。ここでは「イノベーションは天才だけが起こすものではない」という仮説から出発します。この仮説を検証していくのが、このサイトの目的になります。そのためには分かり易い「メソッド」や効率化を図るための「ツール」などが効果的でしょう。様々なチャレンジの「事例」から学ぶことも重要です。
私を含めた天才ではない普通の人々がイノベーションを実現することに貢献したいと考えています。そのためには、「普通の人々」にこの場に参加して頂き、行きつ戻りつしながら、議論を重ね、いつの日か仮説が検証できることを願っています。
この記事では主にアナロジカル・デザインの基本的な考え方とプロセスなど「時間軸」について解説しました。対象領域など「空間軸」については「大きなデザインと小さなデザイン」を参照してください。