(フェーズ5)解決策の総合とプロトタイピング
(フェーズ4)では問題を出発点に「発散」することで、アイデアの断片である「リーフ」を集めました。しかし、それらはまだ混沌とした状態です。(フェーズ5)では混沌としたリーフを総合することで解決策を導きます。
アナロジカル・デザインではモノゴトを理解する際に「空間的」と「時間的」という観点を使いますが、リーフから解決策を導く過程でもこの観点を使います。
「空間的」な総合はリーフ同士の空間的な距離に基づいた2つのアプローチがあります。一つは、類似した複数のリーフを抽象化することで解決策を導くものです。抽象化を行うことで別の側面を見つけ、解決策として総合します。
もう一つは、反対に矛盾・対立するものの組み合わせから新たな解決策を見出す方法です。思ってもいない新規性のある解決策を導くのに有効です。
一方でリーフには「時間的」な因果関係や順序関係が見いだせる場合があります。シナリオ(またはプロット)のようにリーフを抽象化することで解決策を見出します。問題を解決するのに手順を踏んだプロセスが必要な場合がありますが「時間的」な総合はこのような問題と親和性があります。
最後に、導き出した解決策に基づきプロトタイピングを行うことで抽象化の仕上げを行います。プロトタイピングは具体化の手法のようにも感じますが、問題の解決方法を簡単なモデルやストーリーに転換する抽象化の技法になります。
解決策というのはターゲットがベースの要素を取り込んで変容を遂げるありさまの全てです。そこには、物理的な構造、ビジネス上の役割、社会的な位置付け、利用者や提供者の意識変化等々、あらゆるものが含まれます。しかし、プロトタイピングではユーザーとの接点にフォーカスし(他は捨象して)モデル化を行います。ユーザーとの接点を明らかにすることで、今までの思考とは反対方向の視点から解決策を調整・補完します。また、ユーザーが解決策と出会うことで作られる未来を構想します。
Contents
5-1 解決策の総合
5-1-1 「空間的」な総合
リーフを「空間的」に総合していくにはいくつかの方法があります。複数のリーフの共通点に着目して「グルーピング」する方法やリーフ同士の関係や構造を抽出する「構造化」などです。これらはリーフとリーフの間に何等かの関係性を見出していくものです。
一方、「関係の無い事」あるいは「対立している事」に着目する方法もあります。これは弁証法による抽象化で、無関係のリーフや対立するリーフを一段上の次元で統合することにで新しい概念を作る方法です。また、注目すべき要素だけをピックアップして他は忘れてしまう「捨象」も重要な抽象化技法です。これらの方法については(フェーズ2)でも解説していますので参照してください。
5-1-1-1 グルーピング
ここまで、ターゲットを「宅配ビジネス」として、ベースに「CtoCビジネス」を設定し「我々はどうすれば、荷物の集荷・配送を複数の個人に委託できるか」という問題を定義しました。前のフェーズではここから発散して以下のようなリーフを見出しました。
・プラットフォーム
・いいね評価
・変動費化
・買い物代行
・自分専用宅配
・共同購買(一斉配送)
・広告メディア
「プラットフォーム」や「広告メディア」は個人に配送を委託する際の「環境」なので、そのようにグルーピングできます。
「いいね評価」や「変動費化」は配送スタッフに関することなので、そのようにグルーピングします。重要なのは一般的なビジネスでは売り手と買い手のような二者の関係ですが、ここではパートナーを含めた三者関係になるということです。
「買い物代行」「自分専用宅配」「共同購入、一斉配送」などはサービスのメニューなので、実装する機能を検討するときの材料になります。
これ以外にも様々なグルーピングの方法があると思います。「これが正解」というものではありませんので、何か気付きがあるグルーピングを探してみましょう。上記のようにグルーピングすることで「複数の個人に配送を委託するサービス」を構築するためには3つの視点があることが分かります。
一つは、どのような「プラットフォーム」が必要になるかという視点です。現代のCtoCビジネスは情報システムによるプラットフォーム上に築かれるものでした。プラットフォームに必須の要件はビジネスの本質を決めることになるでしょう。
もう一つは、「パートナー」の役割と位置付けです。CtoCビジネスで特徴的なパートナーの存在をきちんと定義することでビジネスの全体像を見通します。
最後に「サービス」ですが、これに基づいてビジネスの差別化要素を検証することになります。
5-1-1-2 構造化
ターゲットを「クルマ」として、ベースに「カメラ」を設定し「我々はどうすれば、クルマのパーツを簡単に交換し居住性や走行性を変化させて楽しむことができるか」という問題を定義しました。ここから発散することで以下のようなリーフを見出しました。
・マウント
・アダプター
・等価部品の相互交換
・ポイント制
・未来予測プラットフォーム
・地域ポイント制
「等価部品の相互交換」というのは、レンズ交換式のカメラではボディとレンズは同じくらいの価値を持っていて、カメラに合わせてレンズを選ぶのと同じように、レンズに合わせてボディを選ぶことがあるという性質のことでした。
そんな性質をクルマに取り入れてプラットフォームを基準にボディを選択したり、ボディを基準にプラットフォームを選択したり、双方向に交換することができるのではないかというのもです。
「マウント」はカメラのボディとレンズを接合する仕組みです。「アダプター」は異なるメーカーのボディとレンズを接合するためのものです。
クルマで「等価部品の相互交換」を実現するには、やはり「マウント」や「アダプター」のような仕組みが必要になります。「等価部品の相互交換」を目的とすると「マウント」や「アダプター」は手段ということになり、ここには階層構造が見られます。
「地域ポイント制」は「ポイント制」の一種なので、ここにも階層構造があります。そうすると「地域ポイント制」と並ぶ階層にも他のポイント制も考えることができます。「安全運転ポイント」や「相乗りポイント」などクルマと親和性のあるポイント制はいろいろありそうです。
そんな風に考えると、総合をきっかけに、再び(フェーズ4)で行った発散が始まったように感じますが問題ありません。(フェーズ5)は大きな流れとしては収束する抽象化のフェーズですが、作業中には発散する場面も登場します。ここでの発散は総合をきっかけにしたものなので、抽象化をしっかり補強するものと考えてください。
「未来予測プラットフォーム」はクルマの運転に必要な未来の様々な情報を一元的に提供するものでした。他のリーフと上手く構造化できない場合は「捨象」しても結構ですが、「ポイント制」と組合せて何かできないでしょうか?
先ほどの「等価部品の相互交換」や「マウント」「アダプター」などは”部品”という名の通り物理的な構造に関するものです。一方、「ポイント制」はポイントを持っている者がそれを使ってメリットを受けることができる権利なので実体を持ちません。「未来予測プラットフォーム」で提供されるのは情報なのでこちらも実体はありません。
そう考えると「未来予測プラットフォーム」や「ポイント制」は論理層のこととしてまとめることができます。つまり、クルマを考える場合は「物理層」と「論理層」の両面からのアプローチがあるということが見えてきます。
5-1-1-3 弁証法
弁証法は対立や矛盾があるものを合わせることにより、高い次元の結論へと導く思考方法です。リーフを総合するときもこの方法が使えます。
通常は個々の要素間に何等かの共通点を見つけたり構造的な関係性を抜き出すことで抽象化します。しかし、複数のリーフを並べたとき、一見すると何の関係も無いようなものもあります。これらは通常のグルーピングや構造化では簡単に抽象化できません。このようときは弁証法が有効です。
ターゲットを「宅配ビジネス」として、ベースに「CtoCビジネス」を設定した場合のリーフを5-1-1-1では以下のようにグルーピングしました。
例えば「いいね評価」と「共同購買」は一見なんの関係もなさそうです。「いいね評価」は利用者が配送スタッフを評価したもので、受けたサービスの満足度を表します。「共同購買」は複数の利用者が同じものを同時に注文することで製品価格や配送費用の圧縮を狙ったものです。
「いいね評価」はサービス品質を担保するもので「共同購買」はコスト削減を目指すものなので、方向性が全く異なります。
一般に、品質とコストにはトレードオフの関係があります。品質を上げればコストが上がり、コストを下げれば品質も下がってしまうので両方のメリットを同時に目指すことは難しく、対立関係にあると言えます。
製品やサービスの価値には品質(Quality)とコスト(Cost)に加え納期(Delivery)も重要な要素になります。どんなに安くて美味い牛丼でも一時間待たないと食べられなかったら、誰も注文しません。QCDというのは、これらの頭文字をとったものです。
上記の「いいね評価」はQで「共同購買」はCに効いてくるものです。もちろん宅配は早く(指定された時間に誤差無く)荷物を届けるという「納期(Delivery)」への関心が高いビジネスです。様々な業務もこれを最優先に最適化されています。
そう考えると「いいね評価」や「共同購買」は納期(Delivery)”以外”の価値を追求したものとも言えます。「納期」を最優先しなければならないビジネスで「納期」"以外"に重点をおいた施策は考えられないでしょうか?
一つには「在庫」を持つことが考えられます。利用者の家の近くにいつでも取りに行くことができる「在庫」スペースがあったら宅配業者は「納期」から解放され「品質」や「コスト」に注力することができるかもしれません。「共同購買」で最初に思いつくのはマンションなどの住人を対象に、トイレットペーパーやミネラルウォーターや洗剤など、保存の効く日用品です。
通常、配送スタッフは一つの配達に一つの「いいね評価」ですが「共同購買」では対象となる集合住宅の戸数分の「いいね」がもらえるとする方法もあります。配送スタッフは限られた時間でより「いいね」を貰える「共同購買」を開拓する動機づけが生まれ、利用者も安価な製品と配送料のメリットを受けられます。宅配業者も人材不足の解消に繋がるというような、ポジティブなスパイラルが生まれるかもしれません。
さて、一見無関係に見えた「いいね評価」と「共同購買」ですが、QCDの価値要素に抽象化すると「D(納期)以外」という点で同じでした。「納期」が優先される宅配ビジネスにおいて、あえてそれ以外に重点をおいた施策という新たな観点を見つけることができました。
矛盾・対立するリーフを総合することで、個々のリーフが持つ方向性とは異なる新規性のある解決先を見つけることができます。
5-1-2 「時間的」な総合
問題を一度の対策で解決するのではなく、複数の手順を踏んで”作戦的”に対応する場合があります。作戦は通常、時間的な経過を持っています。「まずはこうしよう」「次にこうして」「とどめはこれだ!」という具合です。
ここではリーフ同士に時間的な関係を見出すことで総合します。一つは、順序に基づいたものです。手段を講じる順番を映画のストーリーのように並べてまとまりを作ります。もう一つは、「原因」と「結果」に着目したもので「因果関係」を着目したものです。映画ではプロットと言われています。これらの方法については(フェーズ2)でも解説していますので参照してください。
5-1-2-1 順序構造
映画や小説では、多くの場合、過去から現在という方向に時間が流れています。これは、私達が実際に体感している時間の流れと同じなので、簡単にストーリーを追いかけることができます。
他にもこのような時系列にイベントを整理したものはたくさんあります。ビジネスの領域では、サプライチェーンやビジネスプロセスなどが良く使われます。原料を仕入れて加工し、販売計画を立て、店舗に運び販売するという一連の流れは順序構造を持っています。
ビジネスにおける〇〇計画なども順序立てて作られることが多いと思います。市場調査を行い、試作品を開発、テスト販売を行い、結果を見て工場を建設、量産を開始する...などの計画も時間軸に沿った対策が盛り込まれます。
ターゲットを「宅配ビジネス」とし、ベース「DPEショップ」に設定しましたが、ここから「DPEショップ」のように地域に開かれた拠点となる「宅配ショップ」というアイデアが浮かびました。同業他社と協力し様々な宅配業者の荷物を扱います。他社との協力によってドライバーの人材不足解消やカーボンニュートラルに貢献できるかもしれないという考えです。
(フェーズ4)の発散では以下のようなリーフが見つかりました。
・規格の共通化
・目的を変えた流用
・分業方法
さて、これらを材料にして順序構造を作ってみましょう。
他社との協業を考えた場合「規格の共通化」は最初に考える必要がありそうです。宅配ビジネスで規格というと段ボールのサイズが思い浮かびますが、これは配送料金に対応しているので、段ボールサイズを統一するということは料金体系も統一することになりそうです。
さらに段ボールサイズはトラックの大きさやストックヤードにある様々な設備の仕様にも影響するかもしれません。また、時間帯指定の時間帯も各社によってまちまちです。このようなサービス仕様も統一の対象になるでしょう。
そう考えると、あらゆることが対象になりそうで、一度にはとてもできそうにありません。時間もかかりそうなので「規格の共通化」は最初に手を付ける必要がありそうです。
「規格の共通化」に取り組むと、A社がB社に合わせられるもの、B社がA社に合わせられるもの、新しい規格を作ってA社もB社もこれに合わせるものがでてくるでしょう。そして、妥協点が見いだせず統一できないものもあるでしょう。
これらが見えてくると「分業の方法」についても検討することができるようになります。例えば、クール便についてはA社はB社に合わせましたが、一般に荷物についてはB社がA社に合わせたとします。その場合、協業するエリアについてクール便はB社が担当し、一般の荷物はA社が担当することが考えられます。他にも集荷のシステムはA社のものを共同で利用することになったけど、配送システムについては合意できなかったという場合もあるでしょう。その場合、集荷はA社が一括して行うけれど配送はB社が行う、というように分担することが考えられます。
協力する他社との「分業の方法」が決まったら、今度は一緒に作業を行う場所を探す必要があります。例えば、クール便はB社が行うのであれば、B社のクール便の中継センターが近い方が良いでしょう。もちろんA社が集荷を行うのであれば、A社の中継センターへのアクセスも重要になります。複数の要素を勘案する必要がありますが、基本は分業の仕方に左右されるはずです。
他社との分業以外で「宅配ショップ」の場所を決める要素にはなにがあるでしょう?「宅配ショップ」には荷物をストックしたり、トラックの駐車スペースも必要です。そして、利用者が訪れやすい場所であることも重要です。利用者はクルマで来る場合もあるでしょうが徒歩や自転車で来る人もいるでしょう。
「目的を変えた流用」から考えてみましょう。例えば、閉店したファミリーレストランが看板を外されて街道沿いに佇んでいるのを見かけることがあります。ここを宅配ショップに改装できないでしょうか。分業の条件に合った閉店ファミレスを探してみるのも一つの手です。
さて順序構造で考えると、
「規格の共通化」→「分業方法」→「目的を変えた流用」
のようにまとめることが出来ました。
これは、下図のようなビジネスプラン(作戦!)としてシナリオを構成することができます。
5-1-2-2 因果関係
次は「因果関係」に着目する方法です。これは「原因」と「結果」の関係で、映画や小説ではプロットと呼ばれています。
推理小説を読むよとき、読者は「順序関係」であるストーリーに沿って物語を理解します。探偵は何かのきっかけで事件に巻き込まれ、様々な登場人物との関係が描かれ、犯行の痕跡を見つけたりします。すっかり騙されそうになりますが、最後には見事に犯人を捕まえる...というのは時間軸に沿ったストーリーです。
しかし、小説の中の探偵は私達とは別の視点で考えます。
「そもそも、何故、勝手口の鍵がかかっていなかったのだろう?」
「皆が寝静まった後に誰かが開けたとしか考えられない」
「鍵を開けることで、誰でも出入りできるようにしたのだ」
「そうすれば、犯人を特定できなくなる」
というように、事件が起きた後の「結果」からその「原因」を一つ一つ探っていくのが探偵の仕事です。探偵が追いかけているのがプロットです。推理小説に限らず、物語にはこのようにストーリーとプロットが二重に埋め込まれています。
さて、ターゲットを「クルマ」として、ベースに「カメラ」を設定した際に以下のようなリーフが得られました。
・マウント
・アダプター
・等価部品の相互交換
・ポイント制
・未来予測プラットフォーム
・地域ポイント制
これはレンズ交換式のカメラからヒントを得て、カメラのレンズやボディを交換するように、クルマのプラットフォームやボディを交換して楽しめないか?というものです。
ここで「交換して楽しめる」という結果を「交換する」と「楽しむ」に分割してみます。クルマに乗る生活が楽しめるものであることが最終的には重要なので「楽しむ」という結果を得るための原因がプラットフォームやボディを「交換する」こというように考えることができます。
プラットフォームやボディを「交換する」ことができるのは「マウント」や「アダプター」があるからです。
さて、「ポイント制」やこれの発展形の「地域ポイント制」はどのように発想されたのでしょうか?カメラのアナロジーから考えたのですが、カメラは家族など親しい人と一緒の場面でよく使われていました。お父さんだけでなくお母さんも含めて皆が笑顔になれるアイデアとしてクルマの「ポイント制」が考案されたのでした。
そうすると、「ポイント制」は「楽しむ」という結果を作る「原因」とも考えられます。
このように因果関係に着目して整理すると「楽しむ」ことを目的とした手段のツリーが出来上がります。
「やりたいことはクルマで生活を楽しむことなんだ」
「そのためには、ボディとプラットフォームを交換したり、ポイント制を導入したりという方法があるね」
という気付きに基づいた整理ができます。
「未来予測プラットフォーム」も「楽しむ」ための原因と考えても良いですし、「ポイント制」のメリットを受けやすくするための原因として整理することもできます。もちろん、どちらもしっくりこない場合は捨象してしまってもかまいません。
ここまで、解決策を総合してきました。抽象化するだけでなく、ときには具体化しながら解決策の全体像を把握できたと思います。
5-2 プロトタイピング
次に総合された解決策をプロトタイプとして表現します。プロトタイピングというのは重要な観点にフォーカスした模型を作ることです。プロトタイプを作ることで構想した解決策が狙ったものになっているかを検証します。フォーカスするのは解決策をユーザーが利用する観点です。
「5-1解決策の総合」では解決策自体に焦点を当てました。解決策である複数のリーフを階層構造や順序構造などで見通し良く整理することが総合の目的でした。
プロトタイピングでも解決策を対象にしますが、解決策自体の構造や順序は対象にはしません。解決策をユーザーが利用する場面に焦点を当てます。
ユーザーとの接点を考えるとき、アナロジカル・デザインが「問題解決型」ではなく「問題発見型」の方法論だということがポイントになります。「問題解決型」であれば問題はユーザーの中にあるので、ユーザーを想定することで解決策の妥当性を評価できます。しかし「問題発見型」の場合、ユーザーがそもそも問題だと思っていないことを対象にしているので、ユーザーの観点を導入しても解決策の妥当性は評価できません。
ここでは、2つの観点を意識してください。具体化と抽象化を繰り返して問題の解決策を考えてきたのは、ターゲットを提供するあなたやあなたのグループです。なので、どうしても提供側の観点が強くなりがちです。ここにユーザーが利用するという反対側からの観点を導入することで、解決策の方向性を調整したり、新たな気付きを補完することができます。
2つ目は、ユーザーが解決策を利用したその後を構想します。ユーザーはその解決策に触れて、どのように反応するか?ユーザー達によって社会はどのように変わっていくか?という未来の構想から解決策にフィードバックを得るのです。
一般的にはユーザーとの接点を評価するのは、実用性や実現可能性の観点からです。
「こんなものは本当にユーザーに受け入れられるのか?」
「実際に使うとこんな問題があるぞ!」
というようにブレーキ役としてユーザーが登場します。しかし、アナロジカル・デザインではそれを検証するのが目的ではありません。
「ユーザーと対面することで解決策はもっと面白く変容するのでないか?」
「ユーザーと歩み始めた未来の構想からもっと面白いアイデアが生まれるのではないか?」
というアクセルを踏む役割としてユーザーとの接点を検証します。
このポジティブなユーザーとの出会いがアナロジカル・デザインにおける価値創造のゴールです。
5-2-1 ストーリーボード
ストーリーボードはユーザーの体験を目に見えるように「絵コンテ」を用いてストーリーで表現する方法です。
製品などの有形物にもビジネスやサービスなどの無形物にも使えます。手順は以下のようになります。
①解決策を利用するストーリーの絞り込み
②ユーザーの状況設定
③ストーリーを場面に分割
④イラストとセリフの作成
⑤考察
5-2-1-1 宅配スタッフの個人委託
ここまで「宅配ビジネス」を「CtoCビジネス」のアナロジーで考えたました。CtoCビジネスのUberEatsをヒントに、宅配ビジネスにおいて配送を一般の個人に委託するビジネスはどのように実現できるか?というものです。これを例題にストーリーボードを作ってみましょう。
(フェーズ4)からは、CtoCビジネスから取り込める要素を抽出し、(フェーズ5)ではグルーピングや弁証法などを使って解決策を総合してきました。
①解決策を利用するストーリーの絞り込み
総合した解決策でどこにフォーカスを当てるかを決めます。以下のような観点で選択してみてください。
・解決策のなかで自分の興味・関心の高い側面
・ユーザーとの接点から新たな発展が期待できるところ
ここでは「いいね評価」と「共同購買」を選択してみます。前節の弁証法を使った解決策の総合で日用品等を共同購買しマンションの共有スペースに在庫として保管する方法が発想されました。この方法が業務委託を受けた個人の配送スタッフとどのように融合できるかを考えてみます。いいね評価の位置付けも検証します。
②ユーザーの状況設定
「宅配ビジネス」を考えた場合、ユーザーは荷物を送ったり受け取ったりする一般の利用者です。しかし、個人が配送を行うビジネスモデルでは、配送スタッフもこのサービスを利用するユーザーと考えられます。ここではキーパーソンでもある配送スタッフをユーザーとしましょう。
マンションを舞台としたとき、配送スタッフにはどんな人が考えられるでしょう?最初に思いつくのはマンションの住人です。日中に在宅しているシニア世代や主婦などが配送の業務を請け負うのです。他にマンションの状況に通じていて、できれば、様々な事務作業にも対応できそうな人はいるでしょうか。例えば、マンションに常駐している管理人ということも考えられます。ここでは、マンションの管理人が配送スタッフを行うという設定にします。
③ストーリーを場面に分割
管理人さん(=配送スタッフ)はこのサービスのユーザーなので、ユーザーになる切っ掛けのところから場面を考えてみます。
(場面1)
管理人さんがマンションの敷地内を巡回していると、クルマから重そうに荷物を降ろしている老夫婦に出会う。ミネラルウォーター、レトルト食品、トイレットペーパー、洗濯用洗剤などをカートに乗せ換えてエレベーターまで運んでいく。
(場面2)
今度は駐輪場で自転車を押すお母さんを見かける。チャイルドシートに小さい子供を乗せ、ハンドルを握る手に大きな買い物袋を提げている。袋の中にはトイレットペーパーにレトルト食品に洗濯用洗剤...
(場面3)
管理人さんがマンションの防災備蓄品の在庫をチェックしている。在庫にはミネラルウォーターやレトルト食品、トイレットペーパーなどがある。住人が重たそうに運んでいた日用品と同じものが多い。
(場面4)
ある日、管理事務所に荷物を届けに来た配送スタッフが若い学生のようだった。声を掛けると「個人で配送スタッフとして契約している」とのこと。自分が配送スタッフとして日用品をこのマンションまで運んでくることができれば、住人の負担は軽減されるのではないかというアイデアを思いつく。
(場面5)
住人の注文を受ける管理人さん。契約スーパーのネットショップで注文する。
注文された商品が地域のウサギ急便の配送センターに届けられると、管理人さんに連絡が入る。管理人さんはマンション専任の配送スタッフとして配送の依頼を受け付ける。
(場面6)
マンションの共同倉庫に作られた在庫スペース。老夫婦がミネラルウォーターを取りに来る。若いお母さんはトイレットペーパーを取りに来る。ついでに注文していく。皆、管理人さんに「いいね評価」をする。
④イラストとセリフの作成
絵コンテとセリフを書いてストーリーボードを完成します。
⑤考察
作成したストーリーボードから、もっと面白くするためのアイデアや未来の構想を膨らませてみましょう。
マンションに日用品の在庫があり、注文もマンション内で出来るということは「小売り」の機能がマンションで完結しているということです。ここから、「小売り」と「配送」が融合していくのではないか?という未来が構想できます。
インターネットにより全国どこからでもどんな商品でも注文できる環境は既に完成されています。店舗を持つ小売業の役割は小さくなっていくでしょう。つまり「配送」の機能さえ持っていれば「小売り」は成立してしまうという未来です。
しかし、配送スタッフ不足の問題は残ります。これが解決されれば「小売り=配送」の未来は実現できそうです。ここで考えた、マンション管理人を中心としたアイデアはそんな未来への通過点かもしれません。
もう一つ、マンションの管理人が配送スタッフを兼ねるいう点から考えてみます。マンションの管理業務と配送スタッフを兼業できるのか?という問題があります。
兼業ルールが緩和されてきていますが、実際には難しいところもありそうです。では、マンション管理会社の業務として行うことはできないでしょうか?管理会社が自社で管理するマンションへの配送を請け負うのです。マンション管理会社は設備管理や清掃などの業務が中心でしたが、より積極的に住人の生活レベル向上を担うという選択肢もあります。
「配送業務を個人に委託できないか?」を探って検討を進めてきましたが、全く異なる業種(マンション管理会社)を「個人」と見立てて連携することで双方に利益のあるビジネスモデルが描けるかもしれません。
5-2-1-2 「宅配ショップ」での同業者との協業
「宅配ビジネス」に関しては「DPEショップ」のアナロジーでも考えたました。かつて街中でよく見かけた写真フィルムの現像とプリントを行うところです。「DPEショップ」から考案された「宅配ショップ」を舞台に同業他社と協業できないかというものです。
①解決策を利用するストーリーの絞り込み
「DPEショップ」にはいくつもヒントがありましたが、やはり「DPEショップ」に”出向いて”フィルムを預け、仕上がったプリントを受け取るというというプロセスが特徴的です。ここでは「宅配ショップ」に”出向いて”荷物を送ったり、荷物を受け取ったりするストーリーを考えます。
②ユーザーの状況設定
ユーザーにはこの解決策の恩恵をできるだけたくさん受けられる人を設定します。「宅配ショップ」はお店の替わりに利用できるので、近くに大型スーパーなどがない地域ほどニーズが高くなりそうです。また、”出向いて”荷物を送ったり、受け取るのが便利なのは、自宅を不在することが多い会社員などでしょう。
・一人暮らしをする会社勤めの女性
・近隣にあまり商店がない地方都市に在住
・クルマは持っていない
・ネットでよく買い物する
・メルカリにもよく出品している
そんなユーザーを設定してみます。
③ストーリーを場面に分割
(場面1)
朝、出勤の支度をしている時にメルカリに出品していた商品が売れたという通知が届く。
早速、発送したいが、出勤する時刻になっている。
(場面2)
通勤の途中で「宅配ショップ」に立ち寄り、メルカリで売れた商品を持ち込む。
時間がなく梱包していない商品をそのまま持ち込む。
(場面3)
会社の昼休み。週末は友人とキャンプに行く予定だが、バーベキューの食材やキャンプ用品を準備しなければならないことを思い出す。郊外のこの辺りには大きなスーパーもなく、キャンプ用品を扱う店もない。クルマにも乗らないので買いに行くこともできない。
必要なものをネットで注文して「宅配ショップ」で受け取ることにする。ついでに、本日到着する予定の荷物をチェックして「自宅への配送」を「ショップでの受取」に変更する。送料が1割ほど安くなる。
(場面4)
帰宅途中で「宅配ショップ」に立ち寄り、届いていた荷物を受け取る。異なる宅配業者のシールが貼られた荷物を受け取り、ショッピングバックに詰める。たまたま見つけたコーヒーポットも「即時配達」になっていたので注文する。
(場面5)
併設されているカフェでコーヒーを飲みながら、残っていた仕事を片付ける。
45分ほどで注文した商品が届く。
(場面6)
荷物を持って帰宅する。
④イラストとセリフの作成
⑤考察
実際にストーリーボードを作ってみて、気が付いた点から解決策を発展させます。
ここで設定したユーザーはネットショッピングのヘビーユーザーでした。ネットで注文するだけでなく、自らメルカリに出品して注文を受けることもしています。
ネットショッピングはスマホさえあればどこからでも注文して自宅で受け取ることができます。これは、物理的なものだった「お店」を情報技術で仮想化することで実現したものです。取り引きに使われる「お金」も同じように電子決済というかたちで仮想化されています。
しかし、どうしても仮想化できないのが商品そのものとそれを運搬する手段です。販売や決済はIT技術でいくらでも効率化できますが、宅配はそうはいきません。なので、世の中が便利になればなるほどしわ寄せがきて人手不足に苦しむことになります。
「宅配ショップ」はネットショップとリアル店舗の中間形態とも言えます。仮想化の段階を少し巻き戻して、宅配ビジネスに寄せられた”しわ”を伸ばす役割とも考えられます。今の「ネットショップ→自宅配送」という流れに「ネットショップ→宅配ショップ→自宅」という選択肢を追加することで、自宅を不在にしがちな人やより早く荷物を受け取りたい人、送料をもっと抑えたい人のニーズを掬い上げることが狙いです。もちろん、宅配ビジネスにとっては人手不足対策にもなります。
そうすると、解決策はいつも「最新の」ものである必要はないことに気が付きます。技術の進歩で便利になったり楽しさが増えるのは素晴らしいことですが、一方では、取り残され大変な思いをしているところもあるのです。
ここ数十年は情報技術により様々な領域が革新されましたが、少し”巻き戻す”ことで、より豊かになる領域があるのではないでしょうか?
例えば、今でも、昭和の頃と同じように夕方になると豆腐の移動販売が行われている地域があります。「宅配ショップ」を昭和まで巻き戻して、移動販売形式にすることも考えられます。
UberEatsなどはフードデリバリーに特化した「宅配」とも言えますが、フードデリバリーサービスを運営する会社のキッチンカーが団地などにやってくるのです。しかし、このキッチンカーにはキッチンはついておらず、注文を受け付けて、キッチンカーの場所まで食事を配達するのです。少し待ち時間はかかりますが、地域の飲食店と連携することで、どこよりもメニューが豊富なキッチンカーになりそうです。
このように「宅配ショップ」をユーザーとの接点で検証することで「移動宅配ショップ」のように発想を膨らませることができます。
5-2-2 ペーパープロトタイプ
ペーパープロトタイピングは紙とペンを使って簡単にユーザーとの接点を検証する方法です。情報システムなどの場合は画面イメージなどを紙に書いて、レイアウトや画面遷移などを確認するのに使われます。
製品などの有形物の場合は製品の外観をデッサンすることで、ユーザーとの接点に焦点を当てることができます。また、紙を加工して簡単な立体模型を作ることもできます。大まかな手順は以下になります。
①焦点を当てる領域の絞り込み
②立体/平面の選択、素材の選択
③ペーパープロトタイプの作成
④考察
5-2-2-1 パーツ交換によるクルマの居住性・走行性の変化
レンズ交換式の「カメラ」のアナロジーでクルマのボディとプラットフォームを入れ替えて楽しむというアイデアが生まれました。自動車メーカー以外からもボディ生産に乗り出すところが出てくるかもしれません。アパレルメーカーやオーディオメーカー、生活雑貨メーカーなどが作ったボディでクルマのイメージは全く新しいものになる可能性があります。そんな解決策をペーパープロトタイピングしてみます。
①焦点を当てる領域の絞り込み
やはり、クルマのボディとプラットフォームを分割して取り換えるのが特徴なので、「交換」することでユーザーはどのような体験をするかという点に焦点をあてます。
もう一つはユーザーとのインターフェースになるボディそのものです。新しいクルマの体験をどんなボディで実現するかをプロトタイプで検証してみましょう。ここではこの2点にフォーカスします。
②立体/平面の選択、素材の選択
製品のように形のあるものには立体が向いているように思いますが、それは、対象となる解決策とプロトタイプの目的によって選択します。
物理的な構造を検証するのであれば立体が適していますが、ここではクルマのボディとプラットフォームを取り換えることで、ユーザーの体験はどのようなものかを検証するのが目的です。手軽に試せる平面を選択します。
立体を選択した場合は、ここで素材も選択してください。「ペーパー」にこだわらず簡単に立体を作れるものであればなんでもOKです。
③ペーパープロトタイプの作成
実際のペーパープロトタイプを作成します。ユーザーがボディを交換するとき、どうするのだろう?という点をプロトタイプを作成しながら検証します。また、ボディには様々なタイプがあり、1人のユーザーでも3種類くらいを使い分けるのではないかということが見えてきます。
④考察
実際に絵を描いてみると、フォーカスするべき点が明瞭になってきます。ペーパープロトタイプから解決策をさらに発展できないかを考えます。
ボディとプラットフォームを入れ替えるということは、クルマを楽しむということに留まらず、別の意味があるかもしれません。
ニーズに合わせて様々なボディとプラットフォームを組合せるというのは、いままでのように一台のクルマを所有するというより、その時の状況に応じて利用するという形態が合っていそうです。企業がボディとプラットフォームをリースやレンタルでユーザーに提供するということも考えられます。一方では、カスタマイズの範囲が広がるので、今までのクルマ以上にステイタスや個性の表現として利用されることもあるでしょう。
また、近年の安全技術の進歩は目まぐるしいものがあります。最新のテクノロジーを装備したクルマが走行する一方で安全機能がない普通のクルマも走行しています。どんなに自分のクルマが安全機能を装備しても、他のクルマと同じ環境を走行するのでは安全にも限界があります。
最新のソフトウェアで絶えずバージョンアップされ、きちんとメンテナンスされた安全装置を装備したクルマだけが走行する環境では安全性も格段に上がることが期待できます。
例えば、交換式のクルマのプラットフォームは自動車会社が所有しこれを一般ユーザーが利用するということも考えられます。プラットフォームは絶えず最新技術で更新・メンテナンスされます。統一された規格で作られた様々な機能で周辺のクルマと通信しお互い状況をリアルタイムで把握することも可能になります。プラットフォームを提供する自動車会社は従来のように車両を製造・販売する会社ではなく、現在の鉄道会社のような公共交通機関と似たものになるかもしれません。この”シン自動車会社”は物理的なプラットフォームを提供することで、クルマという交通機関が安全に運用されるための社会的なプラットフォームも同時に提供するのです。
クルマは個人が所有しユーザーに自由な移動手段を提供してきました。しかし、安全や環境など社会に直結する問題も抱えています。本来の目的である「個人に自由な移動手段を提供する」ことと社会性を両立させるためにプラットフォームを公共の所有としボディを個人の所有とするアイデアです。
このようになるとクルマには「棲み分け」が起こるかもしれません。例えば、交換式のクルマは決められたエリアや道路などでリモート通信による厳格な速度制限を行うとします。渋滞や公害などで市街地へのクルマの乗り入れを規制する動きがヨーロッパなどで広がっていますが、交換式クルマは全てEVで市街地での制限速度を30km/hとすれば、既存のクルマが入れないエリアでも許可されるかもしれません。交換式のクルマだけが走行できる専用道路ができれば、周りのクルマは全て安全機能が装備されリアルタイム通信が行われるので速度制限なしということもできます。ボディの外側にエアバッグを装備した場合は制限速度を20km/hにして、公園や歩道など人と密接するエリアも走行可能とします。これは介護や緊急時医療などに活躍するでしょう。
今までは個人の移動手段と言えばクルマか自転車か徒歩ですが、そこに新しい選択肢として交換式のクルマは多様性を広げる可能性があります。
このようにペーパープロトタイプから発想することで、解決策の新たな着地点を見つけることができます。ユーザーとの接点を考える場合、モノゴトを利用する一個人が想定されますが、現在の制約に囚われず未来を構想すると、ユーザーは家族であったり、企業であったり、更には社会全体へと広がりを持つことができます。