(フェーズ3)マッチングと問題定義
(フェーズ2)ではターゲットを抽象化することで、その本質を捉えました。アウトプットは以下のように整理されています。
・ターゲットが何に貢献しているかの「目的」とターゲットが何故そうなっているかの「原因」
・ターゲットを形作る要素(物理的・機能的)間にある関係性を整理した「構造」
・ターゲットの矛盾・対立要素を中和することで得られた「気付き」
この抽象化したレベルで類似しているモノゴトがベースになります。ベースはターゲットに新しい観点を与えるもので、その要素をターゲットに取り込むことで、有意義な特性が生まれることがポイントです。(フェーズ3)ではベースを探索し、ターゲットとベースの差分を把握することで問題を定義します。
3-1 マッチング
初めにベースを探索することから始めます。抽象化したレベルで類似しているモノゴトといっても、対象は無数にありそうです。その中から、有意義な結果を生むベースをアナロジーで探っていくのが鍵になります。ベースが決まったら、ターゲットとの比較を通じて相違点を明らかにしていきます。ベースの要素をターゲットに取り込むことで有意義な特性が生まれるとしたら、相違点はターゲットの「問題」として浮かび上がることになります。
抽象的なレベルの類似点に着目してベースを探索し、今度は具体的なレベルの相違点に着目して差分を把握するのがマッチングにおける活動です。
3-1-1 ベースの探索
ターゲットを抽象化し、そのレベルで似ているベースを見つけるというのは、アナロジー思考の中心的な活動です。ここで重要になるのは、(フェーズ2)で解説した「遠くのモノゴト」からベースを持ってくるということです。 なので、先入観や固定観念に囚われず異なる世界に発想を広げましょう。同じ業種や業界の事例から学んでも発想を飛躍させることはできません。普段は考えもしない遠い領域からベースを持ってくることが重要です。一見、ナンセンスに思われることでも大丈夫。どんなに離れているように見えてもターゲットとベースは抽象化したレベルで繋がっているので、決して単なるナンセンスにはなりません。勇気を持って発想を飛躍させてください。
ここではベースを探索する方法を5つ解説します。これらの方法のどれかを選択しても結構ですし、複数の方法を試しても結構です。ベース候補を考える過程では様々なモノゴトが連想されることになります。連想したものを全てベース候補にいていくと、膨大な数になりキリがありません。ベース候補は数個~10個程度で十分なので、絞り込みが必要になってきます。これを最終的には1つに絞り込んで「3-1-2 差分の把握」に進みます。
ベースを探索する過程で連想されるものを「ベース候補」に絞り込む際の目安は次のように考えます。それは、連想されたモノゴトからターゲットに取り込めるエッセンスが有るかどうかです。そのエッセンスがターゲットに有効かどうかは、ここではあまり気にしなくて結構です。
取り込めるエッセンスが1つもなさそうな場合は、次のアイデアを探してください。取り込めるエッセンスが1つでもある場合はベース候補として採用してください
3-1-1-1 キーワードからの探索
(フェーズ2)のアウトプットである「目的」「原因」「構造」「気付き」はターゲットを抽象化したものです。ここからキーワードを作り、それを足掛かりにベースを探索する方法になります。キーワードは「目的」「原因」「構造」「気付き」などから、さらに抽象化を進めたターゲットのエッセンスのようなものです。このエッセンス(キーワード)を支点にして発想をジャンプさせます。
(フェーズ2)では宅配ビジネスを例に考え、目的を「送り手と受け手の円滑なコミュニケーションを実現することに貢献する」のように文章化しました。この文章では「コミュニケーション」という言葉がターゲットの本質をよく表していそうです。これを日本語にするなど、もう少し分かりやすく、かつ動詞を意識して変換すると以下のようになります。
・伝達する
・意思疎通する
・交信する
・情報交換する
「コミュニケーション」という言葉からは双方向性が感じられるので、一方的な「伝達する」とは少しニュアンスが違うようです。「意思疎通する」は双方向性が感じられますが、何か漠然としていて実体をイメージし難いところがあります。「交信する」は双方向性もあり、交信している様子を映像でイメージできます。キーワードを選択する際には、このようにイメージが映像で浮かび上がってくるかをポイントにしてください。
では「交信する」をキーワードとして、そこから発想を飛ばしてみます。「交信する」というと、無線機から雑音まじりの音声が聴こえてきて、これにマイクで応答するというイメージが沸いてきます。スパイ映画などで見かけるシーンです。
あと、電話交換が手動で行われていた時代、大きなボードに無数のケーブルがプラグで繋がっており、その前に座る女性が忙しそうにケーブルを繋ぎ替えている様子が思い浮かびます。
他にもいろいろとイメージを膨らませて発想を遠くに飛ばしてみましょう。ここでは「電話」をベース候補の一つとしておきます。
同じように「原因」からキーワードを抽出してベース候補を見つけてみましょう。「顧客のタイミングに合わせて異なるサービスを同時に提供するため」という「原因」の文章からは、「タイミングを合わせて」というところがターゲットの特徴を良くあらわしています。「タイミングを合わせる」は以下のように言い換えることができます。
・同期する
・呼吸を合わせる
・手拍子をとる
・一致する
概念的、観念的なものより身近なものの方がイメージを膨らませることができます。身体的なものや生活に密着しているキーワードを考えてみましょう。
ここでは「呼吸を合わせる」を選びます。「呼吸を合わせる」ものには、例えば、オーケストラによる演奏があります。実際にはオーケストラの演奏者たちは「呼吸を合わせて」演奏しているわけではありません。それぞれの楽器ごとに楽譜があり、指揮者が降るタクトがあり、これらを見て演奏します。そのうえで、他の楽器の演奏を聞いてタイミングを合わせているのだと思います。
しかし、80名からなる楽団員の壮麗な演奏はまさに「呼吸を合わせる」ことによって実現しているように感じます。このように厳密に「呼吸を合わせる」ものでなければベース候補にならないというわけではありません。そこからイメージされるものを考えてみましょう。
有形物であるクルマの「目的」からもベースを探ってみましょう。仮に目的を「個人に自由な移動手段を提供すること」として、ここからキーワードは「自由に移動する」としましょう。
「自由に移動する」ものにはどんなものがあるでしょう?左右のレバーとAボタン、Bボタンを駆使して、どんな荒野でも壁面でも宇宙空間でも自由に移動しているのがテレビゲームの世界です。
同じ要領で「構造」や「気付き」を文章化したものからキーワードを見つけ、ベース候補を探ってみてください。
キーワードからベースを探る方法にはいくつかポイントがあります。
一つには、キーワードは動詞か形容詞にするということです。動詞や形容詞はモノゴトを抽象化しており、他の様々なモノゴトとも共通する要素なのでアナロジーによる発想を得られやすいという特徴があります。一方、名詞はそのモノゴトにしっかり結びついていることが多く、あまり他のモノゴトに広げることができません。
例えば「コミュニケーションする」ものは世の中にたくさんありますが「宅配ビジネス」には宅配ビジネスしかなく、この範囲でしか思考できなくなってしまいます。
二つ目は、映像でイメージが広がるキーワードを選ぶということです。
普段の日常の光景でも、映画のワンシーンでも、昔見たニュース映像でもなんでも構いません。映像のイメージからは更に様々なイメージが広がります。概念的だったり観念的だったりすると、ターゲットのエッセンスが失われてしまいます。
例えば「効率化する」というのはビジネスで良く使われる言葉ですが、効率化の重要性はどんなビジネスにもあてはまるので、ベクトルが感じられず発想も広がりません。
最後は、多少の齟齬や違和感は気にしないということです。
上の例では「コミュニケーション」という言葉から「交信する」をキーワードにしました。宅配ビジネスにおけるコミュニケーションは送り手と受け手の間で行われるものなので、実際には何かの通信手段を使うような「交信」は行われません。
しかし、ここでも発想は小さなジャンプを始めているのだと考えてください。言葉の厳密な意味に囚われる必要はありません。「広く考えれば交信しているともいえる」のであれば、それで結構です。
3-1-1-2 構造の類似からの探索
次は「構造」に着目したベースの探索方法です。(フェーズ2)ではターゲットの物理的構造と機能的構造を文章化しました。「構造」はターゲットを抽象化したものなので、「構造」のレベルで類似しているモノゴトはベース候補になります。これを足掛かりにベースを見出します。
宅配ビジネスにおいて、「集荷業務と配送業務が対称的な構造になっており共有領域もある」という構造が見えてきたとします。荷物を送る利用者と受け取る利用者の両面構造になっており、そこに宅配ビジネスの機能が対称に配置されているというものです。
例えば、不動産を売りたい人と買いたい人も対象的な構造になっていて、これを仲介しているのが不動産仲介業です。同じように就職斡旋業も求人と求職という対称構造を仲介しています。このような仲介業を一歩進めると、売り主と買い主が直接取引するCtoCビジネスになります。仲介業やCtoCビジネスでも利用者は対称構造になっており宅配ビジネスとよく似ています。
もう一つ、クルマの物理的構造から考えてみましょう。「部品の階層構造の深さに大きな偏りがある」という構造が見えてきたとします。階層構造が深い(部品点数が多い)のはエンジンなどの動力系やトランスミッションなどの駆動系で、いわゆる「プラットフォーム」と呼ばれている部分です。それ以外の「ボディ」の部品点数は「プラットフォーム」に比べればかなり少なくなっています。このような特性の違いから大胆に省略すれば、クルマは「プラットフォーム」と「ボディ」からできているとも言えます。
「プラットフォーム」はクルマの加速やブレーキング、ハンドリングなどの性能を決める基本的な構造になります。 一方、「ボディ」は乗車スペースとドライバーが操作するインターフェースが備わっており利用者のニーズを一番端的に反映するところです。家族4人で乗るのか?大きな荷物を運ぶのか?スポーティなデザインが好きか?キャンプにいくのか?など様々なニーズで違いが出てくるところです。
例えば、レンズ交換式のカメラにも「ボディ」といわれる構造があります。シャッターボタンやシャッタースピードなど利用者が操作するインターフェースがまとめられている部分です。一方、「レンズ」は撮影する画像にもっとも影響する機能になり、これを「ボディ」に装着して撮影します。「ボディ」と「レンズ」は撮りたいシーンに合わせてそれぞれを組み合わせて使用することができます。
インターフェース機能を持つ構造(ボディ)と、性能を決める構造(プラットフォーム≒レンズ)を持っている点でクルマとカメラには共通点があるようです。
「宅配ビジネス」の構造からは「CtoCビジネス」が、「クルマ」の構造からは「カメラ」が見えてきました。
ここでのポイントは二つです。
一つ目は構造は複合的に考えるということです。ビジネスなどの機能的構造からベースを探索する際に、単に機能的構造から類似しているものを探すのではなかなか一致しているものが見つかりません。見つかったとして同業他社のビジネスモデルのように凡庸なものになりがちです。
「何故、そのような機能的構造になっているのか?」を考えましょう。機能的構造の理由は「送り手と受け手の両面に顧客がいる」というように顧客の構造が関係しているかもしれません。物理的構造の場合も、ある構造が持っている役割(機能的構造)と一緒に考えることができます。「ここはユーザーインターフェース機能」「こちらは動力を得る機能」などのように関連付けると応用範囲が広がります。
二つ目はイメージを図にするということです。「構造」は階層になっていたり対称的だったり、ある構造は他の構造と関係していたりします。この「構造」は図で表すことで明確になるというより「図でしか表せない」ようなものです。落書きのような線画で十分なので、図からイメージを広げてみてください。
3-1-1-3 二項対立からの探索
二項対立というのは、二つの概念が互いに矛盾や対立していることをいいます。リアルとバーチャル、大人と子供、男と女、ビジネスとプライベート...
しかし、これらはコインの裏表のように背中合わせと考えることもできます。背中合わせということは、同じコインということでもあり、方向は異なりますが同じものを見ているとも言えます。「視点を変える」というのはアナロジーを得るための鍵になりますが、ターゲットの二項対立を考えることで視点を180度回転し反対側からベースを探索します。
「リアル」と「バーチャル」は二項対立の関係です。例えばパソコンの電子メールはその名の通りリアルな世界の郵便のアナロジーになっています。水鉄砲やおままごとセットなど「子供」のおもちゃは「大人」が使うもののアナロジーがたくさんあります。
インスタントメッセンジャーというツールは元々はビジネスで利用されていました。LINEはこれを一般向けに洗練して提供することで多くの利用者を獲得しました。しかし最近ではビジネス向けのサービスにも力をいれています。「ビジネス」から「プライベート」に、そしてまた「ビジネス」へと変化を繰り返しています。
このようにコインの裏側からベースを探索するために、まず、ターゲットの一般的な属性を整理します。一般的な属性というのはターゲットについて誰が考えてもそうなるという客観的な評価のことです。なので、あまり深く考える必要はありません。下記の二項対立でどちらに当てはまるかをチェックしていきます。どちらにも当てはまる場合は比重が大きいと感じる方をチェックしてください。どちらにも当てはまらない属性はスキップします。
例えば「宅配ビジネス」の場合は以下のようになります。
宅配ビジネスは現実の社会で営まれるので「リアル」「バーチャル」の二項対立では「リアル」ということになります。しかし、ビジネスというのは物理的実体を持たない概念なので「有形物」「無形物」の属性では「無形物」になります。「家庭用」「業務用」という括りではどちらの利用もあるのですが「宅配ビジネス」の「宅」が表しているように一般消費者向けであることが大きな特徴になっているので「家庭用」としています。
次に(フェーズ2)のアウトプットを材料にターゲットの属性を整理します。「宅配ビジネス」の目的が「送り手と受け手の円滑なコミュニケーションを実現することに貢献する」だったとします。ここから二項対立の属性を考えてみてください。「キーワードからの探索」では、目的にある「コミュニケーション」という言葉から「交信する」というキーワードを抽出しました。「交信」の対義語は「遮断」です。
「宅配ビジネス」の属性は上記のように整理されました。〇が付いているのがコインの表側ということです。着目するのは〇がついていない方、コインの裏側です。こちらの属性を持つものをベース候補として探索します。
「リアル」で荷物を運ぶのが宅配ビジネスですが「バーチャル」で同じように送り手から受け手に届けているのはeメールです。宅配ビジネスは会社が営んでいるので「組織」という属性ですが、Uber Eatsでは委託された「個人」が食事を運びます。「空間的」に荷物を移動するのが宅配ビジネスですが「時間的」な移動には、例えばタイムカプセルなどがあります。
荷物は送り手から受け手に一方通行で移動しますが、それが実家からの荷物であれば電話で「ありがとう」を伝えるかもしれません。Amazonからであれば「いいね」で評価する時もあります。宅配ビジネスでも概念的にはこのようなコミュニケーション(交信)が行われています。これと対立する概念が「遮断」です。
川の水を遮断しているのは「ダム」です。クルマの通行を遮断するのは「遮断機」です。どちらも何かを「遮断」していますが「遮断」すること自体が目的ではありません。別のものを優先して通すのが目的です。「遮断機」はクルマの通行を止めることで列車の通行を優先しています。では「ダム」何を優先しているのでしょう?
「ダム」は現在の流れを堰き止めることで、将来の流れを優先するものです。遮断することで貯水量を増やし、未来に放水することでエネルギーを得ることができます。「ダム」は時間的な優先順位をコントロールするものと考えられます。
「目的」の文章からは「交信」「遮断」という二項対立が得られましたが「原因」や「構造」の文章からも二項対立を探してみてください。
有形物であるクルマについても二項対立を整理してみましょう。一般的な属性は以下のように整理されると思います。そして目的が「個人に自由な移動手段を提供すること」だったとします。
「移動」の対義語は「固定」です。「固定」されているものとしては住宅を含む「建築物」があります。
上記の例では、属性のなかから一つを選択して、対立する要素から発想しました。属性のなかから複数を選択しそれらに共通した対立要素から探索することもできます。
例えば「高価」で「複雑」なターゲットに対して「安価」でかつ「簡単」なモノゴトを発想するという方法です。複数の属性を対象にした方がよりターゲットの本質に焦点を当てて観点を変えることができるので、有効なベースが見つかる可能性が高まります。しかし、対象も狭くなり難易度も上がります。色々な組み合わせでチャレンジしてみてください。
3-1-1-4 進んだ世界からの探索
ある分野について、長い歴史がありノウハウが蓄積されていたり、歴史は短くても技術的に進んでいて多くの成果を上げている世界があります。ここではこれを「進んだ世界」といいます。「進んだ世界」からその要素を取り込むことでターゲットに有意義な効果が生まれることが期待できます。
注意が必要なのは、同じ製品や同じ業界の進んだ事例から学ぶのではないということです。例えば、スーパーマーケットが別のスーパーマーケットの成功事例に学ぶというのはよくある話しで、業務改善などには有効です。しかし単なる「パクリ」になることも多く、新しい価値は生み出しません。遠くの「進んだ世界」からアイデアを得ることが重要で、そのためにはやはり抽象化したレベルでの類似点を探します。
「進んだ世界」で思い浮かぶのはどんなものでしょう?日本で古くから行われている産業では織物作りや陶磁器製造などが有名です。エンターテイメントでは歌舞伎や落語などもあります。これらには長年のノウハウが蓄積されています。また、一般にITやエレクトロニクスなどテクノロジー産業は先進的な分野として知られています。
しかし、織物作りやIT産業は、そのすべてが「進んだ世界」というわけではありません。伝統産業には時間をかけて洗練された工法などがある一方、旧態依然とした習慣による非効率もあるでしょう。
一見、先端技術のように感じるIT産業も人力によるプログラミングがその基盤を支えています。そう考えると、ターゲットに比べて進んでいるとはどういうことか?というのがポイントになってきます。スーパーマーケットと比べて「コンビニ」は進んでいるのか?或いは「UnerEats」はどうなのか?ということです。
ここでも抽象化したレベルで考えることが重要です。つまり「進んでいる世界」というのは「目的」「原因」「構造」「気付き」などの観点で進んでいるということです。同じ(類似した)目的を持つ歴史ある先輩だったり、技術などで先進性を持つ開拓者であればベース候補になります。「原因」や「構造」「気付き」についても同様です。
なので「スーパーマーケットの先輩はなんだろう?」という考え方ではなく「この目的を昔から追求しているのは何か?」「この目的を追求している技術的な先行者は何か?」というように考えてみてください。
例えば「ホテル」で定額泊まり放題サービスを検討する場合は「賃貸マンション」のビジネスモデルが進んだ世界になるかもしれません。反対に「賃貸マンション」で入居者サービスの向上を目指す場合は「ホテル」が進んだ世界でしょう。
ターゲットの「目的」と類似している「進んだ世界」を探索してみましょう。クルマの目的が「個人に自由な移動手段を提供すること」だったとします。「自由に移動する」ことにおいて進んだ世界にはどのようなものがあるでしょうか。
コンピューティング技術の進歩とバッテリーの小型化で「自由に移動する」ものに革新をもたらしたのはドローンです。空飛ぶクルマという発想は古くからあり、ドローン型のクルマも提案されています。しかし、単にクルマが空を飛ぶというだけではなく、ドローンからは色々なアイデアが広がりそうです。
歴史を辿れば、個人が「自由に移動する」ことに革命的だったのは自転車の登場でしょう。自転車はクルマより後に発明されたようですが、一般への普及は自転車の方が早く、日本では大正時代には多くの人が生活に利用するようになっていました。自動車が一般に普及したのは戦後で昭和40年代になってからです。普通の人が自分の意志で移動することを支えてきた歴史では自転車はクルマの大先輩ということになります。
ドローンや自転車は物理的に移動するものですが、物理的世界に限定する必要はありません。パソコンにつながったマウスはポインターを自由に移動することができますし、懐中電灯は光が照らすところを自由に移動することができます。
同じようにターゲットの「原因」や「構造」「気付き」などからも「進んだ世界」を探索することができます。
宅配ビジネスでは「競争する領域と協力する領域を適切に決めることが重要だ」という「気付き」を得ました。「競争と協力」を行う「進んだ世界」はどこにあるでしょう?例えば、早くから競争と協力を同時に追求してきたのが自動車業界です。日産と三菱は軽自動車で相互OEMを行っています。トヨタも燃料電池車の特許を無償で公開し競合の自動車会社と連携しています。
銀行も競争と協力を進めています。セブン銀行はATMに特化した銀行ですが、競合の金融機関と提携し他行のキャッシュカードで引き出すときの手数料で売上を上げています。じぶん銀行はtotoの販売サービスを地銀にOEM提供しています。
もちろん、企業などから離れて考えることもできます。例えば、動物の様々な種の間にも競争と協力が見られるかもしれません。或いは、スポーツなどでも競争と協力が日常的に行われているのではないでしょうか。
3-1-1-5 興味・関心からの探索
最後に紹介するのは、自分が興味や関心を持っているモノゴトから探索する方法です。
興味・関心を持っているということはそのモノゴトについて詳しいと言えます。例えば、趣味の写真やテニス、レッスンを受けている英会話、もう一度勉強を始めた世界史など、人それぞれに興味・関心の世界があると思います。
もちろん、自分が就いている仕事も対象になります。仕事の場合は興味・関心だけではなく、様々な必要性から行っている場合が多いと思いますが、自分が担当する領域については一般の人より段違いに詳しいはずです。これらの興味・関心の領域にターゲットを引き付けて考えます。
これまでに解説した4つの方法ではターゲットを出発点にベースを探索しました。ここでの方法は発想の順番が異なります。まず、自分の興味・関心領域を何か一つ設定し、これにターゲットの「目的」「原因」「構造」「気付き」などを当て嵌めて類似点を見出します。
「宅配ビジネス」がターゲットで、写真撮影が趣味だったとしましょう。この場合は「宅配ビジネス」を「写真」化できないか?と考えます。
写真と言えばデジカメやスマホで撮るものになり、撮影からプリントまですべて自宅で完結するようになりました。以前はフィルムカメラしかなく、撮影したフィルムをDPEショップに持ち込み、現像とプリントを行っていました。写真を楽しむには自宅だけでは完結せず、外部のサービスも利用する必要があったのです。
DPEショップは大手フィルムメーカーが全国に系列店を展開していました。しかし、富士フィルム系のショップでは富士フィルムしかプリントできないというわけではなく、さくらカラーのフィルムもプリントできました。DPEショップではカメラも販売していましたが、様々なメーカーの機種が一緒に店頭に並んでいました。
フィルムやカメラの販売では競争を繰り広げていましたが、DPEショップにおいては協力が進んでいたのかもしれません。これは「宅配ビジネス」の「気付き」で得られた「競争と協力」に通じるところがあるようです。「宅配ビジネス」は自宅まで集荷に来てくれて荷物も玄関口まで届くので、利用者にとっては自宅で完結しています。つまり「デジカメ」化しているのです。これをフィルムカメラの時代に戻すとどうなるでしょう?
集荷と配送を行う「宅配ショップ」が街のあちこちにあり、利用者はそこまで荷物を運んだり、受取りにいくのです。「宅配ショップ」ではあらゆる宅配業者の荷物を扱います。通勤通学などで毎日外出する人はあまり不便を感じないのではないでしょうか?それより価格を抑えたいという利用者も多いと思います。個人宅を周るドライバーの人件費を抑えることで、この「宅配ショップ」に出向いた荷物は割引にすることもできます。高齢者などには割引価格のまま自宅での集荷・配送を行うとしてもいいでしょう。
当日配達と組み合わせれば、日用品や食料などを「宅配ショップ」で注文し、DPEショップでプリントを待っていたように、その場で荷物を受け取ることもできるようになるかもしれません。そうすると「宅配ショップ」は自分だけのスーパーマーケットのような機能を持ちます。
この辺りは(フェーズ4)でじっくり掘り下げますが、頭のなかであれこれ考えて発想を広げてみてください。
次に、ターゲットを「クルマ」として自分は住宅リフォームの仕事をしていたとします。
リフォームの仕事は古くなった壁紙やキッチンを新しいものに取り換えるだけではありません。子供が独立するなど家族構成の変化に合わせて間取りを変えたり、電気・ガス・水道などのライフラインを適切に配置したり、断熱などを施して低コスト・省エネルギーを目指したりとその仕事は多岐にわたります。もちろん、工事が終わってからも定期的にメンテナンスを行い、高いレベルで住環境を維持することに努めます。つまり「住む」ということに関して守備範囲が広く、時間経過にも対応しているということです。
一方、クルマは「自由に移動する」ことが目的です。自動車会社は「クルマを作って売る」ことには注力していますが、本当に「自由に移動する」ことに貢献しているでしょうか?
例えば、東京郊外に住んでいて、出張で北海道の農場に行くことになったとしましょう。羽田までクルマで行き千歳まで飛行機で移動し、そこから電車に乗り換え、農場の最寄駅からはレンタカーで現地に向かいます。
航空券の手配はもちろん、空港の駐車場の予約、電車の乗り継ぎ時刻の確認、レンタカーの予約などやることはたくさんあります。当日の渋滞状況も確認する必要があるでしょう。これらを1ストップでサービスしてくれたら、移動はもっと快適になり「自由に移動する」ことに近付くかもしれません。
リフォームは一か所に「留まる」ための住宅を通じて、そのライフサイクル全般をサポートしています。言い換えれば「自由に留まる」ことを目指しているとも言えます。これをクルマに借りてきて「自由に移動する」ための様々なことを統合的に扱うというアイデアです。
3-1-1-6 ベースの決定
ここまでに抽出したベース候補から差分の把握に進むものを決定します。
例としてあげた「宅配ビジネス」と「クルマ」のベース候補としては以下のようなものがありました。
これらのベース候補の特性からターゲットに取り込むアイデアを一行程度の短い文章で書いてみてください。ベースを探索したときにも漠然と考えていたと思いますが、ターゲットにどんな新しい価値が生まれるかを自由に発想します。
宅配ビジネスのアイデア例
【電話】 | 電話番号で荷物を届ける。住所の指定なし。スマホの位置情報から移動している利用者にも荷物を運ぶ。 |
【オーケストラ】 | 集荷配送スケジュールを顧客に公開しリアルタイムで共有する。宅配トラックの状況を見て(呼吸を合わせるように)利用者が依頼を行う。 |
【CtoCビジネス】 | UberEatsのように配達業務を一般の個人に委託する。 |
【DPEショップ】 | 街中に点在する「宅配ショップ」で集荷・配送に加えて、ネットショップへの注文なども受け付ける。 |
【銀行】 | 他社の荷物も一緒に配達する共同配送。窓口で他者の荷物も扱い手数料を受けるビジネスモデル。 |
クルマのアイデア例
【テレビゲーム】 | 全方位ディスプレイによる視界。昼間のように画像加工して夜間安全性の確保。危険を察知して注意喚起。 |
【カメラ】 | ボディとプラットフォーム分離型。専業メーカーによる付加価値の高いボディ。ファッション、インテリア、アウトドアなど他業種からの参入。 |
【ドローン】 | ドローン発着基地付きのクルマ。前方の渋滞状況、安全確保。同じクルマを並べればドローンの航続距離問題にも対処。 |
【自転車】 | 都市生活者むけの低速度限定の自動車。電動アシスト、降雨対策、1~2人乗り。高度な安全対策。 |
【リフォーム業】 | 交通機関を跨り様々な移動に関するサービス(予約、情報提供、保険など)。 |
かなり具体的なアイデアから漠然としたイメージまで様々だと思います。この段階では具体的になっている必要はありません。そのコンセプトが新しい価値を持っているかを基準に選択します。また、思いついたアイデアが一見、ナンセンスに思えても、それを理由に却下してはいけません。ターゲットとは抽象化したレベルで繋がっているので、単なるナンセンスにはならないのです。
そして、ベース候補から発想したアイデアがそれを思いついたプロセスとズレが出てくることもありますが、気にする必要はありません。例えば、上記の「宅配ビジネス」で「CtoCサービス」を思いついたのは宅配ビジネスにおける送り手と受け手の対称構造がCtoCビジネスに似ていたからでした。しかし、UberEatsはCtoCビジネスですが、宅配ビジネスのようなかたちでは対象構造になっていません。しかし、CtoCからUberEatsが導かれたのですから、問題ありません。
論理的な正確さを求めるものではありません。ここでも発想は飛躍しているのです。最終的には、そのアイデアに興味・関心を持てるかが重要です。「これは自分の好きな分野だ」と思えたものは優先して選択してください。
3-1-2 差分の把握
次にターゲットとベースを比較してその差分を明らかにしていきます。
「3-1-1 ベースの探索」では「ターゲットに取り込めるエッセンスはないか?」という観点で発想しました。この「取り込めるエッセンス」というのはターゲットには無いものなので、これが差分ということになります。ベース候補を探すときに漠然としたイメージだった「取り込めるエッセンス」を、ここでは、しっかりと見定めます。ベースからターゲットに取り込むことで効果があるということは、現在のターゲットには欠けていることがあるということです。
元々、ベースはターゲットと抽象化したレベルで似ているというアナロジーから選ばれたものです。しかし、これらは抽象的なレベルでは似ていますが、何もかもが同じということではありません。似ているのは「目的」「原因」「構造」「気付き」などの本質的な点についてです。一方、具体的なレベルではターゲットとベースは全く異なっています。特にベースは「遠くから持ってくる」ようにしていますので、一見、何の関係もないモノゴトがテーブルに載せられることになります。
なので、単純に差分を把握した場合、何もかもが異なっているという結果になりかねません。ここで着目するのは「本質的な類似点に関係する具体的な差分」になります。具体的な差分が表れるのは「機能」や「外観」に加え「利用方法」や「製造方法」などがあります。また、ビジネス上の特徴や社会における位置づけが重要になる場合もあります。詳細は(フェーズ1)「1-2-1~1-2-4」を参照してください。
1-2-1 ビジネス特性
1-2-2 空間的特性
1-2-3 時間的特性
1-2-4 社会的特性
では「本質的な類似点に関係する」というのはどういうことでしょうか?こちらは例を見ながら確認していきます。「3-1-1 ベースの探索」では(フェーズ2)のアウトプットである「目的」「原因」「構造」「気付き」からベースを探索しましたが、同じようにこれらの観点から差分を把握します。
3-1-2-1 「目的」の類似からの差分把握
目的の類似からベースを選択した場合「ベースではその目的がどのように実現されているか?」を確認します。目的を実現するための機能、外観がどのように実装され利用されているかということです。そして、ターゲットで目的を実現する機能やその実装方法が異なっていれば、それが差分になります。
例えば、ターゲットを「宅配ビジネス」、ベースを「電話」とします。これは「コミュニケーションを実現する」と言う目的の類似性から導かれたものでした。電話では音声を電気信号に変換して、これを遣り取りすることでコミュニケーションを実現します。また、携帯電話やスマートフォンが登場してからは、個人が一台ずつ所有して、どこにいても移動中でもコミュニケーションがとれるようになりました。
一方、宅配ビジネスでは物理的な荷物を送ることで送り手と受け手と繋げます。配送や集荷は基本的に住宅という固定された場所で行われます。これが差分になります。
宅配ビジネス | 電話 | |
媒体 | 物理的な荷物 | 電気信号 |
提供場所 | 住宅(固定) | 個人(移動) |
3-1-2-2 「原因」の類似からの差分把握
原因の類似からベースを選択した場合も、同じようにベースの機能や実装方法などを確認しターゲットと比較して差分を明らかにします。「宅配ビジネス」の原因である「タイミングを合わせるため」から「オーケストラ」というベースが得られたとします。
オーケストラではタイミングを合わせるには「楽譜」「指揮者」「他の楽器の演奏」が重要な役割を担っているようです。「宅配ビジネス」でタイミングを合わせるためにどのようなことが行われているでしょう?
オーケストラの「楽譜」に相当するのが「集荷配送スケジュール」で「指揮者」に相当するのが「管理センターの指示」でしょうか。ドライバーはスケジュールを基本にしますが、適宜、管理センターの指示を受けて対応しています。それでは「他の楽器の演奏」に相当するものは「宅配ビジネス」にあるでしょうか?もし、見当たらない場合はここが差分になります。
宅配ビジネス | オーケストラ | |
集荷・配送スケジュール | ⇔ | 楽譜 |
管理センターの指示 | ⇔ | 指揮者 |
??? | ⇔ | 他の楽器の演奏 |
3-1-2-3 「構造」の類似からの差分把握
構造上の類似があった場合、ベースの方を見て、その構造がどのような効果を発揮しているかを考えます。その構造のおかげで実現できている利点や特徴を見つけてください。今度はターゲットを見て、その構造から同じような効果を得られているかを確かめます。ターゲットで同じような効果が得られていない場合は、そこが差分ということになります。
例えばターゲットを「クルマ」、ベースを「カメラ」とした場合、「インターフェース機能を持つ構造(ボディ)と、性能を決める構造(プラットフォーム≒レンズ)を持っている」という類似点がありました。カメラではレンズとボディを切り離して簡単に交換することができますが、クルマはプラットフォームにボディが組付けられていて交換できません。また、レンズ交換式のカメラを持っている人は大抵はいくつかレンズを持っています。ボディも複数台持っているということも珍しくありません。しかし、クルマのボディやプラットフォームを複数台持っている人はほとんどいないでしょう。
3-1-2-4 「気付き」の類似からの差分把握
ターゲットの「気付き」から得られたものがベースにも同じように見られる場合です。
ベースではその「気付き」にどのように対処しているか確認してください。振り返ってターゲットでもどのように対処しているかを確認します。対処されていなかったり、方法が異なる場合はそれが差分になります。
例えば「宅配ビジネス」で得られた気付きが「競争と協力が重要」ということで「DPEショップ」がベースとして抽出されました。カメラやフィルムの販売においては熾烈な競争を繰り広げるメーカー各社において「DPEショップ」はニュートラルな場所として地域の写真愛好家に開かれていたというものです。「宅配ビジネス」では利用者の自宅が主なサービス提供場所になっており、地域に営業所はありますが、役割は限定的です。他社との協力も利用者が見える範囲で目立つものはありません。
ベースにおける機能、外観、利用プロセスなどはターゲットに取り込むことができる可能性が高いといえます。それは、ターゲットとベースが抽象的なレベルで類似しているからです。ベースにおいて有効に働いている要素は「目的」や「原因」「構造」「気付き」などが類似しているので、ターゲットにおいても有効である可能性が高くなるのです。
しかし、ベースの要素がすべてターゲットに有効であるということではありません。抽象化したレベル(目的、原因、構造、気付きなど)で似ていることに貢献していたり、関連が強い要素が対象になります。これを見極めて差分を明らかにしていきます。そのためには差分を把握するときもターゲットの「目的」や「原因」「構造」「気付き」などから考えるのが有効です。
この「差分」こそがターゲットに欠けている部分、つまり「問題」ということになります。
3-1-3 類似点と相違点の検証
「3-1-1 ベースの探索」では類似点に着目しました。「3-1-2 差分の把握」では相違点に着目しました。ここでは、これらの活動を振り返って検証します。
【類似点は本質的か?】
ターゲットを抽象化した「目的」「原因」「構造」「気付き」からベースを探索したので、本質的なところで類似しているものがベースになっているはずです。しかし、類似点を強調するあまり、表面的なことに囚われているかもしれません。
例えば「クルマ」も「お酒」もその利用者は「大人の男女」という点では類似点があります。しかし、この類似は本質的でしょうか?単に利用者の属性が似ているというだけでは、ベースからターゲットに取り込む要素を探すのが困難です。「クルマ」に乗るときに「お酒」は厳禁なので、相容れないことが多く、その点でも難易度は高くなります。
【相違点は本質的なことに繋がっているか?】
ターゲットとベースは抽象化したレベルで類似していますが、反対にいうと、それ以外は全く異なるモノゴトということになります。言ってみれば差分はいたるところにあるので、本質的なことに繋がっている差分を把握したつもりでも、取り違いを起こしたり、あらゆる差分を有効なものと考えてしまうこともあります。
「宅配ビジネス」における同業他社との協力について「DPEショップ」からアイデアを持ってくることにした場合、「街中にあるショップ」や「他社製品(サービス)の取り扱い」という点は「気付き」に繋がっていて効果がありそうです。しかし店舗の構造や立地、行われている現像・プリントなどのサービスなどからは多くのことは学べそうにありません。
【どちらから学ぶべきか?】
ターゲットとベースに抽象的なレベルで類似点があり、これに関連する差分も把握できたとします。しかし、ベースで見出した差分が本当にターゲットの問題になっているかはとても重要です。ベースから学ぶことを想定していますが、もしかすると、これが反対になっており、ターゲットから学ぶべきことかもしれません。
ガス・電力の大手「エンロン」がブロードバンド事業に進出し、その後、破綻したのは有名な話しですが、ここでもアナロジーが使われていました。ブローバンド事業はインフラを構築するもので、継続顧客が多いという点などはガスや電力事業と類似点があります。エンロン社はこの類似点からブロードバンド事業をターゲットとして取り組みました。しかしインフラを一から構築しなければならないなど、実際には事業内容が大きく異なっており結果的に失敗しました。
学ぶべきだったのはブロードバンド事業の方からで、この事業の先進的な部分をガス・電力事業に取り入れていたら、結果は違うものになっていたかもしれません。
以上のような点について検証して、もし、疑問が残る場合は「3-1-2 差分の把握」に戻るか、もしくは「3-1-1 ベースの探索」まで戻ってリトライしてみてください。
3-2 問題定義
デザイン思考で問題を定義する場合、ユーザーへのインタビューなどを通じてユーザー自身も気付いていない問題を顕在化します。つまり、潜在的な問題がユーザーのなかにあり、デザイナーはこれを表に取り出すサポート役というわけです。
ユーザーのなかの問題というのは、日頃感じている不満や願望など言葉にならないモヤモヤしたものの集まりです。デザイナーはこれを取り出し、文章として綺麗に仕上げるのです。ユーザーの潜在的な問題を掬い上げて解決策を導くので、今まで置き去りにされていた問題を解決する道が開けます。
しかし、デザイン思考で扱う問題はどこまでいってもユーザーのなかにあるので、誰も気付いていない問題や潜在的にも問題だと思っていないことは取り漏らしてしまいます。
アナロジカル・デザインでの問題定義は全く異なります。問題はターゲットとベースの差分にあると考えます。ベースはターゲットが「このようにもなれたかもしれない」姿として仮定されます。現時点では「このようになれていない」ので、この状態を「問題」と捉えるのです。これは、誰も問題だと気付いていないことを発見するということです。
ここでは「3-1 マッチング」で把握した差分から問題を定義する文章を作ります。
デザイン思考とは扱う問題は異なりますが、問題を文章化する手法はデザイン思考で行われているHow Might We(HMW)Question形式が優れています。日本語では「我々はどうすれば◯◯できるか」という文章になりますが、このように表現することで、問題を前向きに捉え、解決に向けた始点を設定することができます。
さて、ターゲットの問題はベースのように「なれていない」ことでした。従って〇〇は差分として把握したベースの特性が入ります。「宅配ビジネス」と「電話」の例でいうと、
「我々はどうすれば、移動している個人に対して荷物を届けることができるか」
ということになります。
「宅配ビジネス」と「電話」は「コミュニケーションする」ということで繋がっていました。しかし、
「我々はどうすれば、電話のように荷物でコミュニケーションできるか」
というと広すぎて問題がぼやけてしまいます。ベースの特性のどこが重要なのかを考えることで問題をある程度絞り込むことができます。
「宅配ビジネス」と「CtoCビジネス」の場合は、
「我々はどうすれば、荷物の集荷・配送を複数の個人に委託できるか」
「宅配ビジネス」と「DPEショップ」の場合は、
「我々はどうすれば、地域に開かれた宅配サービスの拠点で同業他社と協力できるか」
のように表現できます。
「クルマ」と「カメラ」の場合は、
「我々はどうすれば、クルマのパーツを簡単に交換し居住性や走行性を変化させて楽しむことができるか」
「クルマ」と「リフォーム業」の場合は、
「我々はどうすれば、移動するために必要な様々な手間を外部化し純粋に移動を楽しむことができるか」
などのように問題を定義できます。