(フェーズ2)ターゲットの抽象化
抽象化の解説
(フェーズ1)では発散することでターゲットを具体化しました。(フェーズ2)では抽象化することで、その本質を捉えます。抽象化の手順に入る前に「何故、抽象化は必要なのか?」「抽象化とはそもそも何なのか?」について解説します。また「抽象化が人間や社会に与えている影響や意味」についても確認しておきます。
抽象化の必要性
アナロジカル・デザインは「ターゲット」の目的や構造など、抽象化したレベルで似ている「ベース」を見出します。このとき、抽象化せずに具体的なレベルで類似しているモノゴトを見つけても、発想の飛躍には繋がりません。表面的に似ているだけでは、単なる「パクリ」や「猿真似」になってしまいます。抽象化したレベルで似ているということは、本質的なところに共通点があるということです。同じ製品や同業他社の事例を真似るのではなく、異なる分野、それも出来るだけ離れた分野にアイデアを求めることで本質的な気付きを得ることができます。
例えば、A酒店では最近売上が落ち込んでいます。しかし通りを一本隔てたところにあるB酒店は大変儲かっていると噂です。「そういえばこの店は最近改装してオシャレになった」「うちもそうしてみよう」というのが具体的なレベルでの発想です。多分、このようにしても売上は上がりません。
今まで、B酒店はA酒店と同じように飲食店向けの卸販売が中心でした。B酒店はこれを見直し、一般客、特に女性を狙うようにしたのです。商品もワインなど女性好みのものを揃え、店舗も女性が入りやすい雰囲気にするための改装を行ったのです。顧客特性という抽象度を上げたところに着目しなければ、目に見える表面的なところを真似るだけでは効果はありません。A酒店で従来通り業務用を中心にするなら、店舗の見栄えなど売上にほとんど関係ありません。
それでは、A酒店も女性客に狙いを変えて改装すればいいのでしょうか?
多分、これも上手くいきそうにありません。通り一本隔てて同じようなコンセプトのお店があっても、お客は分散してしまうだけでしょうし、先に始めたB酒店の方がノウハウも溜まっており有利です。「店舗の外観」→「顧客特性」というように抽象度は上がっていますが、更に抽象度の高いところで考えることはできないでしょうか?
そもそもメインの卸販売が不調なのは、飲食店のニーズが多様化し、これに応えきれていないというものです。少量ずつ酒蔵から仕入れて販売しても利益が薄く商売になりません。小口の注文を断った飲食店のなかには、直接生産者から仕入れるところも出てきました。卸業者の役割が変わってしまったのです。
そう考えると、卸の役割が変化しているのは酒販店だけではありません。他の業界にも流通革命の波は押し寄せています。例えば、農協や漁協は旬の果物や海産物をインターネットで一般消費者にも販売しています。
「このままでは卸の役割がどんどん小さくなっていく」
「他の業界の卸は専門知識を活かして生産者と消費者を繋ぐ役割を担い始めている」
「うちは全国の酒処から美味しい酒を仕入れてきた」
「美味しい酒を紹介するのは自信がある」
ということで、全国各地の地酒情報を発信し飲食店に加え一般客も注文できるサイトを作ることにしました。「女性客」のような「顧客特性」からさらに抽象度を上げて、他業界の「ビジネスモデル」にアイデアを求めたのです。ここまで抽象度を上げることで初めて有効な発想が生まれます。
アナロジー思考では、このように遠くに類似したものを見つけることで発想をジャンプさせます。しかし、他業界の「ビジネスモデル」といってもこの例では「食品」という点では同じカテゴリーです。更に発想を飛ばして、例えば、卸というのは生産者から流れてきた商品をたくさんの消費者に分配するための分岐点というようにも考えられます。
そうすると、発電所で作られた電気を無数の家庭に届ける送配電システムにアイデアを求めることもできそうです。同じように、水道や人体を流れる血液の循環システムに新しい発見があるかもしれません。
遠くの類似したものというのは抽象度の高いレベルで似ているということなので、ターゲットを抽象化して本質を掴むことが重要になるのです。でも単に思いつきや先入観に基づいて抽象化しても本質は掴めません。そのため(フェーズ1)では全方位的にターゲットを具体化したのです。(フェーズ1)で集めた材料に基づいて、抽象化することで、本質を逃さず抽象度を高めるのが(フェーズ2)での作業になります。
抽象化の定義
人が何かの目的に向かって思考するときは「具体化」と「抽象化」を繰り返しています。
例えば、新しく鉄道の駅を建設するとします。まずは地質調査や敷地の測量など事前調査を行います。更に鉄道会社の要望に加え周辺住民や環境への影響など様々な情報を集めることになります。これが「具体化」のフェーズです。
次に、これらの情報に基づいて基本設計を行います。様々な要望や制約事項を総合して図面に落とし込んでいきます。これは「抽象化」のフェーズになります。
基本設計が承認されると、個別の領域での詳細設計が行われます。また、実際に建設を行うための実施計画が作られます。どのような資材をいつまでに調達するのか?工事はどのような順番で行われるのか?などを決めていきます。そして、この実施計画に基づき実際の建築物を作る作業を行います。これは基本設計の「具体化」です。
建築物が出来上がってもそれで終わりではありません。列車の安全運行や地域社会に与える影響などを総合的に検証し当初の目的を達成できたかを評価します。これは「抽象化」になります。
これらのフェーズを細かく見ていくと、実際にはその中でも「具体化」と「抽象化」が行われていることが分かります。例えば電気・給排水の詳細設計では電気や水の使用場所や使用方法など様々な想定を行いますが、これは「具体化」になります。これらを総合して基本設計の要件を満たす図面を作製するのは「抽象化」ということになります。
鉄道駅のような大規模なものに限らず、DIYで本棚を作るときも、旅行するときも、引越しするときも「具体化」と「抽象化」が繰り返されています。
グルーピング
さて、改めて「抽象化」とはどのようなことでしょう?一つには「複数のものをまとめて扱う」ことと言えます。複数の要素があり、この中から幾つかを取り出してグルーピングするような場合です。
オリンピックの開会式では各国の選手団が行進して登場します。これらの選手達を日本人選手、中国人選手...というようにグルーピングすることが抽象化になります。アナウンサーは「八村と須崎と山縣と...〇〇が入場してきました」のように一人一人の名前を伝えることはありません。「日本選手団が入場してきました」と実況します。これが抽象化して伝えるということです。他にも競技に着目すれば体操選手、卓球選手、陸上選手、、、などにグルーピングすることもできます。
捨象
また「注目すべき要素を残して他は捨て去る」ことを「捨象」といいますが、これも抽象化になります。
1964年の東京オリンピックで初めて採用されたピクトグラムは競技種目が一目で分かるように工夫されています。競技中の選手の体と最小限の道具がモノトーンで表現されるだけで、顔の表情やユニフォームの柄が描かれることはありません。その競技だとわかる重要な要素だけに着目しそれ以外は捨て去るという「捨象」の技法が使われています。このような抽象化によって、言葉が異なる世界中の人々も簡単に理解できるようになりました。
構造化
もう1つは「要素間の関係や構造を抽出する」ことです。
関係性
「クルマ」と「信号機」にはどういう関係があるでしょうか?先ほどのグルーピングを使えばどちらも「交通関係」といえますが、この2つに着目した場合は「走行を制御するものと制御されるもの」という関係が見えてきます。
では「クルマ」と「徒歩」にはどのような関係があるでしょう?こちらも「移動手段」のようにグルーピングできますが、環境への負荷や移動にかかる時間を比べるととても対照的です。2つには「対立関係」がありそうです。
階層構造
今度はクルマの車体そのものを見ていきましょう。1台のクルマはエンジンや駆動系、ステアリングシステム、車体、電気系統などいくつもの部分が合わさってできています。更にエンジンはシリンダーやピストン、点火プラグなどから構成されます。
このように複数の要素が集まって1つの集合体を作り、その集合体が集まってさらに大きな集合体を作っているような構造を「階層構造」といいます。
「階層構造」を持つのは物理的なモノだけではありません。複数の「手段」を使って1つの「目的」を実現することのように、「手段」と「目的」には「階層構造」が見られます。「手段」はさらに複数の「手段」に分割され、下位から見たときに上位は「目的」に上位から見たとき下位は「手段」として認識されます。
また、多くの組織に見られる管理単位、あらゆる分野の分類方法(動植物、図書館...など)、人体、書籍の章立て、パソコンのフォルダ、スーパーマーケットの棚割などは「階層構造」の例と言えます。さらに、後述する「因果関係」も「階層構造」の一種と考えられます。
順序構造
では「鍵」「アクセルペダル」「風」にはどのような関係があるでしょう?
これもクルマに関係しています。まず、クルマの鍵を回してエンジンを始動します。そして、アクセルペダルを踏むと走行を始め、窓から気持ちのいい風が入ってくる。そんなシーンが想像できます。
ある要素の出力が次の要素の入力になり次の要素に出力され、この連鎖が繋がる構造を「順序構造」といいます。映画などのストーリーに該当します。原料から製品を製造したり、注文を受けて商品を出荷するなどのビジネスプロセスも、このような「順序構造」を持っています。
因果関係
「順序構造」に似ていますが、「原因」と「結果」に着目するのが「因果関係」です。
「クルマの静粛性が上がったのはタイヤを変更したため」というよう場合です。ただ、この場合、静粛性が上がった原因はタイヤの変更だけとは限りません。ウィンドウの密閉性を高めたことも原因になっているかもしれなせん。この場合は「原因」:「結果」はn:1になっています。
反対に1つの「原因」が複数の「結果」を生むこともあります。静粛性が上がったことやブレーキの効きが良くなったことや燃費が向上したことなど複数の「結果」はタイヤを交換したことが「原因」というような場合です。この場合は「原因」:「結果」は1:nになります。これは映画などではプロットと言われています。
実際には「原因」と「結果」はn:nで複雑なネットワーク構造になる場合が多いのですが、この階層構造を抽出することである部分の因果関係を明らかにすることができます。
「順序構造」ではこのようなn:1の関係にはならないですし、前の事象が必ずしも後の事象の「原因」というわけではありません。
循環構造
もう一つ「順序構造」に似ているものとして「循環構造」があります。
ハイブリッド車ではエンジンと電気モーターがついており、エンジンで電気モーターを動かしバッテリーを充電しています。しかし、坂道やブレーキをかけたときなどには運動エネルギーを使ってバッテリーを充電する仕組みがあります。
通常は(ガソリン→エンジン回転→バッテリー充電→電気モーター回転→運動エネルギー)という「順序構造」ですが、(運動エネルギー→バッテリー充電→電気モーター回転→運動エネルギー)という循環構造を作ることで省エネを実現しています。
このように、「順序構造」において最終的な出力が出発点の入力になるような閉じた構造を持つものを「循環構造」といいます。あらゆる種類のリサイクルは「循環構造」です。
弁証法
最後に弁証法を取り上げます。
弁証法は「対立または矛盾する2つの事柄を合わせることにより、高い次元の結論へと導く思考」です。
・通勤には短時間で楽なクルマを使うべきだ:テーゼ(正)
・いや、環境負荷が少ない徒歩で行くべきだ:アンチテーゼ(反)
こうした対立軸があったとします。
・テレワークにすれば環境負荷も体への負担も無くなる:ジンテーゼ(合)
クルマの運転が好きだったり歩くのが好きという人を除けば、通勤手段という観点ではどちらの問題も解決されます。このように一段上の次元で統合する(アウフヘーベン(止揚))ことで対立を無効化します。これは、対立する要素の本質を合わせて別の概念を作る方法で抽象化の一種と言えます。
弁証法で大事なのは「妥協案」ではないということです。双方が少しずつ我慢する折衷案のようのものは弁証法ではありません。
海外旅行を計画しているカップルがいたとします。
・アメリカに旅行に行きたい。(正)
・いや、ブラジルに行きたい。(反)
・じゃー中間にあるメキシコにしよう。(合?)
これは弁証法ではありません。
・日程の半分をアメリカ、もう半分をブラジルにしよう。(合?)
これも両者が我慢するだけなのでダメです。海外の人と交流したり、料理を楽しむことで、お互いの親睦を図るというのが旅行の目的であれば、一旦、旅行から離れてみます。
・例えば、海外から日本に来る旅行者をゲストに招いて2人でホスト役をすることも考えられます。(合)
アメリカとブラジルからの旅行者を伴って日本の名所を巡り、日本ならではの食事を振る舞う。観光旅行で素通りするより、それぞれの国の人とじっくり交流でき、日本も再発見できるかもしれません。カップルの親睦も深まりそうです。
当初対立していたのは「旅行の行先」でした。しかし、これを抽象化することで、旅行の目的は「異文化に触れる」ことや「親睦を深める」ということが見えてきます。そうすると、これを実現するのは旅行に限らないということが分かります。あとは、この目的を実現する方法を見つけるだけです。
これは、先ほどの「階層構造」に出てきた「手段」と「目的」の応用例といえます。旅行を「手段」としてその「目的」を抽出し、「目的」の解決方法である(合)を見出します。
抽象化の意味
言葉と数字
このように見てくると「抽象化」という概念も構造化して捉えることができそうです。「グルーピング」や「捨象」、「構造化」、「弁証法」などを抽象化した概念が「抽象化」と言えます。「抽象化」という言葉がそもそも、複数の要素を抽象化したものだったのです。
そう考えると、私達が使っている言葉はすべて「抽象化されたもの」であることに気付きます。例えば「果物」という言葉も何気なく使っていますが、これは「りんご」や「バナナ」や「みかん」などの総称です。「何か果物でも買ってきて」というとき、「「りんご」か「バナナ」か「みかん」か...のどれかを買ってきて」とは言いません。それでは効率が悪すぎます。
「りんご」や「バナナ」や「みかん」を抽象化したのが「果物」で、これを使うことでコミュニケーションが格段に効率化されます。そして、「「りんご」か「バナナ」か「みかん」か...のどれかを買ってきて」というとき「ぶどう」が抜けていたとします。向かったスーパーにはりんごもバナナもみかんもなく、ぶどうだけがあったのですが、これを買うことはできません。でも「果物」というように抽象化されていれば、ぶどうを買うことができます。このように抽象化は「言わずに伝える」ことを可能にする強力なコミュニケーションツールなのです。
「果物」は「樹木に生る甘味の強い食用の実」というカテゴリーを「グルーピング」したものです。また、「果物」の一種である「りんご」には「ふじ」や「シナノゴールド」や「世界一」など様々な品種があります。このような「階層構造」として捉えることもできます。
「果物」のような名詞だけなく動詞や形容詞も抽象化の産物です。「登る」という動詞は「下から上に移動すること」一般を抽象化したものです。「美しい」という形容詞は「調和がとれていて快く感じられるさま」一般を抽象化したものです。どちらも状況によって様々に表現できますが、これらの言葉に抽象化することで効率的に伝えられ、ほとんどの人に同じ認識を持たせることができます。
さらに、数字も抽象化された概念です。「りんごが3個」「本が3冊」「人が3人」などをまとめて「3」という属性で表現できるのは、数字がこれらを抽象化したものだからです。「3」の認識は人類共通なので「りんごを3個買ってきて」といえば間違いありません。
数字が無かったら「並べて置いたとき、右隣りにりんごがあり、左隣にりんごがないものと、両隣にりんごがあるものと、左隣にりんごがあり、右隣にりんごがない状態のりんごを買ってきて」となってしまいます。8個の場合はどうなるか想像もできません!
人間の様々な活動
数字を組み合わせた「数式」は数字同士の関係性を表現していますが、関係性も先に述べた通り抽象化の一つです。物理学ではこの世界の様々な現象を法則化して数式で表現します。一見、異なることのように見える「りんごの落下」と「天体の運行」に共通点を見出し、これを数式で表現するのは、抽象化の活動そのものです。
芸術家は美しい景色やそれを見たときの心の動きを一枚の絵に抽象化して表現します。文学者は自らの経験や知識に基づきこれを文章というかたちに抽象化して表現します。言葉に数字、自然科学に芸術、文学、あらゆる人間の活動の鍵になるのが抽象化です。
抽象化は私達人間がコミュニーションするうえで必須の言葉をもたらし、この世界を理解するための科学の基盤となり、精神的豊かさの源である芸術や文学を作りだしました。抽象化によって人類は今のように発展できたのです。
しかし、抽象化にはプラスの面だけではありません。抽象化によって「世界をそのままに理解する」ことは永遠にできなくなってしまったのです。これについて詳しくはこちらの記事を参照してください。
抽象化の広がり
そして、抽象化には「100%の正解」というものが無いことにも注意が必要です。
これらのアイコンを抽象化してみましょう。
例えば、このように抽象化できます。しかし<仕事>にある「飛行機」は仕事以外にも<生活>や<遊び>で利用することもあります。「時計」も同じでしょう。これはアイコンをモノゴトでいう「コト」と捉えた例です。
では、同じように「コト」と捉えて、それに関わる人数で見てみましょう。
「エレベーター」は一人で乗ることもありますが、ここでは複数人に分類しました。「ナス」も「食べること」とすれば一人ですが「農業」だとしたら複数人でしょう。
今度はモノゴトの「モノ」としてグルーピングしてみましょう。
「プレゼン」は使用しているスクリーンは植物由来の繊維(布)だろうとして分類しています。「工事」も利用する工具から分類しました。しかし明らかに「コト」を示すアイコンを「モノ」視点で分類すると無理があります。
このように、どんな方法で抽象化しても「100%これしかない」というものにはなりません。また、それを目指すのが目的でもありません。大切なのは、混沌とした情報(この場合はアイコン)から、どんな「意味」を見出すかということです。それには、様々な抽象化のアプローチを適用していくしかありません。
例えば、こんな風にも抽象化できます。
趣味のひとりキャンプをしていると、テントに猫が現れる。その猫を探して素敵な女性も現れる。猫好きの2人は意気投合してテニスを楽しむ。結婚が決まりハネムーンはハワイへ。
買い物しているとゲームのアイデアを思いつく。パソコンで深夜まで提案書を書いて上司に提出。役員向けのプレゼンも成功し製品化が決まる。プレス発表では多くの記者が集まり写真を取られる。一気に昇進を決める。
これは「順序構造」を抽出したものです。24個の同じアイコンを使っても、これだけ様々な抽象化ができるのです。同じ情報を基にしていても、そこから解釈できることは千差万別。抽象化というのはこのように広がりのあるものなのです。
2-1 基礎的な抽象化
それでは(フェーズ1)のアウトプットである「構造化されない調査結果」を材料にして、これを抽象化していきましょう。抽象化の目的はターゲットの本質を掴むことになります。しかし、多くの人が納得するような「正解」を求める必要はありません。自分が思う本質に近づくことが重要です。
2-1-1 インデックス付け
ここでは、まず基礎的な抽象化としてグルーピングすることから始めます。
「構造化されない調査結果」は関心領域や特徴領域から調査を進めたものでした。
・論理的に分析が進んだ領域
・本筋から外れた脇道の調査
・単なるトピックや断片的な情報
など、様々な情報が混沌としています。
これらの調査結果は数行のメモ書きのようなものから、ノート数ページに渡るものまで、様々かもしれません。これらにインデックスとして「番号」と「見出し」を付けていきます。そして、同じ「番号」と「見出し」を付箋紙に書き出します。分量の多いのもは、A4用紙半分から1枚を目安に分割してください。分量の少ないものは、他のもとと統合する必要はありません。そのまま1つの調査結果として扱います。
「見出し」は深く考えずに付けてください。思い浮かばないときは文章の冒頭の数語をそのまま抜き出しても結構です。「番号」にも意味はありませんので、ランダムに付けて構いません。付箋紙から原本(Excelデータなど)を辿ることができればいいので、考えすぎないことがポイントです。
2-1-2 グルーピング
インデックスを書きだしたら、これらの付箋紙をすべて貼っていきます。全体を見渡して、同じ属性のものをまとめます。この調査結果とこの調査結果は「似ているな」と思ったらそれらをそばに置きます。このとき「どういう観点で似ていたか」を考えてみましょう。例えば「同じ使い勝手のこと」だとか「同じ内部構造のこと」だとか「同じ生産プロセスのこと」だとかが見えてきます。そうしたら、その同じ観点のものを他の付箋紙から探してそばに配置していきます。グルーピングの属性には様々なものがあるので、先入観を排除して自由に発想することが大事です。
例えば(フェーズ1)では「ビジネス特性」「空間的特性」「時間的特性」「社会的特性」の4つの特性に沿ってターゲットを具体化したのだから、まずはこの観点で分類してみようというようには考えないでください。このようなトップダウンの考え方は発想の幅を狭め凡庸なものにしてしまいます。目の前にある調査結果をすべてフラットに眺め、ボトムアップ思考でグルーピングします。
例えば、あるサービスの「企画段階」の調査結果として1つのグループができたとします。次に探したくなるのは「設計段階」の調査結果でしょう。そして次は「運用段階」としてグルーピングしたくなります。「企画」→「設計」→「運用」というように、グルーピングしたあとの状態が何等かの意味を持っているような分け方です。
しかし、全ての付箋紙がこのように綺麗にグルーピングできることは稀ですし、それを目的にしなくて結構です。「企画」→「設計」まで上手くいっても、「運用」に該当するものがなく「情報システム」としてグルーピングできるかもしれません。それでも、ボトムアップ思考の結果であればまったく問題ありません。
インデックスを振るときに、分量の多い調査結果は分割しました。なので単純に考えれば分割前の単位グルーピングできるはずです。しかし、ここでは分割したものを個別の調査結果とみて、他の調査結果とグルーピング出来ないかも探ってください。
どうしてもグループに入らないものはそのままにしておきます。無理にどこかのグループに押し込める必要はありません。先に述べた通り抽象化に正解はありません。自分である程度「しっくしくる」グルーピングが出来たら基礎的な抽象化は完了です。後のプロセスで何度かこのグループ分けに戻ってくるので、元に戻せるように記録しておいてください。写真を撮っておくのが簡単です。
2-2 目的と原因の探求
次に「目的」と「原因」からターゲットの本質を探っていきます。本質というのは、ターゲットをターゲットたらしめている特性のことで、モノゴトの根本的な性質のことです。
この「根本的な性質」とはなんでしょう?様々な解釈があると思いますが、ここでは、
・「何に(What)貢献しているか?」
・「何故(Why)そうなっているか?」
が「根本的な性質」の大きな領域を占めていると考えています。
ここでは「目的」と「原因」にある「階層構造」に着目します。
1つ目は「手段」と「目的」の階層構造です。通常、複数の「手段」を使って1つの「目的」を実現しますが、「手段」はさらに複数の「手段」に分割され、下位から見たときに上位は「目的」に上位から見たとき下位は「手段」として認識されます。「手段」を抽象化することで「目的」を探ります。これは「何に(What)貢献しているか?」を追求する活動です。
2つ目は「結果」と「原因」の階層構造です。「因果関係」と言われているもので、複数の「原因」が一つの「結果」を生み出しているような構造です。反対に複数の「結果」が一つの「原因」から生み出されている場合もあります。どちらの方向にもn:1の階層構造が見られます。ここでは後者に着目し、「結果」を抽象化することで「原因」を探ります。これは「何故(Why)そうなっているか?」を追求する活動です。
これら「目的」と「原因」を探ることでターゲットの本質に近づきます。しかし、ここでも一つだけ「正解」になる「本質」があるとは考えないでください。モノゴトの本質は観点によって様々ですし、個人の価値観によっても大きく異なります。
「クルマの本質は個人に自由な移動手段を提供することだ」と考える人もいれば、「地球環境を悪化させるCO2製造マシン」と捉える人もいます。或いは「60年代のアメ車最高!消費者を魅了するデザインこそクルマの本質」という人もいるかもしれません。
先入観に捉われることなく、目の前の調査結果を解釈していきましょう。
2-2-1 目的の探求
2-2-1-1 「見出し」の設定
「2-1基礎的な抽象化」では調査結果をグルーピングしましたが、まずは、これらのグループを1つずつ見ていきます。あるグループの個々の調査結果について「何に(What)貢献しているか?」を考えます。
情報システムの機能に関するものであれば、あるサービスの効率化に貢献しているかもしれません。クルマのタイヤに関するものであればユーザーの乗り心地に貢献しているかもしれません。
グループには「何に貢献しているか?」を説明した「見出し」を付けます。1行に収まる長さで、グループの「目的」を圧縮して表現してください。2-1でインデックスを振る際の見出しは、あまり拘ることなく付けましたが、ここでは適切な見出しになるよう考えます。グループの個々の調査結果を「手段」と捉え「目的」となることを「見出し」として付けます。
例えば、宅配サービスで使用される情報システムは「集荷サービスに貢献」しているかもしれません。「集荷サービス」には顧客を待たせず迅速に集荷するということと、ドライバーが効率的に集荷先を周れるという2つの大きな要件があります。
グループの調査結果を良く見るとドライバーの効率的な集荷業務に関する情報が集まっていたとします。その場合は「ドライバーの効率的な集荷業務に貢献」というように言えるでしょう。さらに、集荷業務における「走行ルート最適化」に貢献しているかもしれませんし「積み荷の最適配置」に貢献しているかもしれません。このような「見出し」付けも抽象化の一環で、抽象化のレベルをどこに置くかということです。
ある職場にいる人々をさして「人類です」や「日本人です」というより「〇〇株式会社の■■部所属の社員です」と説明した方が適切です。もちろん具体的すぎても良くありません。好い加減の「塩梅」を見つけ出してください。
さて、あるグループの個々の調査結果がすべて「走行ルート最適化」に貢献というようにまとまっていれば良いのですが、グループ内の一部の情報は、例えば「積み荷の最適配置」に貢献している場合もあります。完全にすべての調査結果を抽象化することができず「この調査結果が無かったら、この見出しが付けられるのだがなぁ」という場合です。
その場合はグループを分けて、それぞれに見出しを付けてください。もし、「仲間外れ」の付箋紙に何か見出しを付けられるような目的を見出せない場合は、そのまま置いておきます。注目すべき要素を抜き出して、それに見出しを付けるので結構です。これは「捨象」の要領です。
(フェーズ1)では、そもそも、「目的」の「手段」になることを想定して調査した訳ではありません。なので「手段」らしくない調査結果もたくさん含まれていると思います。ここでは、そのような調査結果も「手段として読み替えたらどうか?」という発想で考えてみてください。
ただし、どうしても「手段」のようには捉えられない調査結果は「仲間外れ」のままで結構です。
同じ要領でそれぞれのグループに見出しを付けていきます。そのとき、既に見出しを付けた他のグループに持っていった方がしっくりくる付箋紙がある場合は、移動してください。「仲間外れ」になった付箋紙同士に同じ内容のものがある場合はこれらをグルーピングして見出しを付けます。複数のグループに所属する付箋紙があっても構いません。
「宅配ビジネス」を例にすると、ある調査結果のグループが、
集荷の受付システムに関するものの場合は「集荷業務のミス防止と高速化に貢献する」
トラックの走行ルートに関するものの場合は「最適なトラック走行ルートの決定に貢献する」
配達スケジュール管理やバーコードリーダーに関するものの場合は「誤配送をなくすことに貢献する」
という感じです。
(ここで「業務の効率化に貢献」とやると、どのビジネスにも言える一般的なものになるので注意してください。ターゲットのエッセンスが残るように抽象化します。)
2-2-1-2 「中見出し」の設定
一通り、グループに「見出し」を付けたら、今度はこの「見出し」に着目します。先ほどはグループ内の個々の調査結果が「手段」で見出しが「目的」でした。今度は「見出し」を「手段」として見ていきます。
「見出し」を「手段」として見たとき、同じ「目的」に貢献しそうなものをまとめてグルーピングします。そして、これにまた「見出し」を付けていきます。これを「中見出し」と呼びましょう。
先ほどグループに付けた、
「集荷業務のミス防止と高速化に貢献する」
「最適なトラック走行ルートの決定に貢献する」
には「荷物を早く間違いなく集荷する」という「中見出し」が付けられます。
一方、
「誤配送をなくすことに貢献する」
「最適なトラック走行ルートの決定に貢献する」
をグルーピングすると「荷物を早く間違いなく配達する」という「中見出し」になります。
「最適なトラック走行ルートの決定に貢献する」は集荷でも配達でも高速化に貢献するので、どちらでも使うことにしました。
2-2-1-3 「統合見出し」の設定
一通り「見出し」のグルーピングと「中見出し」付けが終わったら、同じ要領で、今度は「中見出し」を「手段」と捉えてグルーピングし「統合見出し」を付けます。
上の例で言えば、
「荷物を早く間違いなく集荷する」
「荷物を早く間違いなく配達する」
の見出しを付けることになります。
これを良く見ると宅配ビジネスは送り手と受け手の両方に価値を提供していることが(当たり前ですが)気付きます。そうすると、例えば「送り手と受け手の円滑なコミュニケーションを実現することに貢献する」
というような「統合見出し」が付けられます。
こうすることで、宅配ビジネスを「物理的な「モノ」を媒介にしたコミュニケーションプラットフォーム」として捉えることができるようになります。
それぞれの階層で「仲間外れ」が出たときの対応などは、最初に「見出し」を付けたときと同じです。この手順を、最終的に一つの「見出し」に統合されるところまで繰り返しますが、無理に抽象化することで本質が散逸してしまうようであれば、その前のレベルで止めて構いません。2~3個の見出しに収斂していれば、それで結構です。
最終的な「統合見出し」が「目的」という観点におけるターゲットの本質です。これを見て、いかがでしょう?「しっくりくる」という場合はいいのですが、「今一つ、自分のイメージに合わない」ということもあると思います。
そういう時は「2-1基礎的な抽象化」のグルーピングからやり直すか、この節の最初に戻って「手段」→「目的」の階層構造を作り直してください。この一連の抽象化プロセスでは、自分の意志をどんなに反映しても構いません。
自分の興味や関心でグルーピングを様々に変更しても、個々の調査結果を読み替えても結構です。
しかし、最終的に出てきた「統合見出し」を自分のイメージに合わないからといって、これらのプロセスを経ずに書き換えるのはやめましょう。それでは先入観に基づいた「本質らしきもの」にしかなりません。ボトムの情報を信頼することが重要です。ボトムアップ思考の結果こそが、先入観を排除したターゲットの本質です。それがもし自分のイメージに合わない場合は、そこに大きなヒントが潜んでいる可能性があります。
ここまでの手順をおさらいします。
・「2-1基礎的な抽象化」で作ったグループを「手段」と捉え「目的」となる「見出し」を付ける。
・このとき、グループ分けを見直しても良い。
・「見出し」を「手段」と捉え同じ「目的」に貢献するものをグルーピング。
・このグループの「目的」になる「中見出し」を付ける。
・「中見出し」を「手段」と捉え同じ「目的」に貢献するものをグルーピング。
・このグループの「目的」になる「統合見出し」を付ける。
2-2-2 原因の探求
2-2-2-1 「見出し」の設定
ここではターゲットの「原因」を探ります。
撮っておいた写真などから2-1のグループを再現し、これを参照します(2-2-1の結果ではありません)。今度はグループの個々の調査結果について「何故(Why)そうなっているか?」を考えます。つまり、個々の調査結果を何らかの「結果」と捉えて、その「原因」を考えるという訳です。
情報システムの機能であれば業務プロセスを踏襲しているのが「原因」かもしれません。クルマのタイヤに関するものであれば安定性や安全性が「原因」かもしれませんが、クルマが発明された時の経緯に「原因」を探ることができるかもしれません。同じ調査結果を出発点にしていても「2-2-1目的の探求」とはベクトルが違うことを意識してください。
グループには「何故そうなっているか?」を説明した「見出し」を付けます。1行に収まる長さで、グループの「原因」を圧縮して表現してください。グループの個々の調査結果を「結果」と捉え「原因」となることを「見出し」として付けます。
例えば、宅配サービスで使用される情報システム機能は「集荷業務のプロセスを踏襲」していることが原因かもしれません。「集荷業務プロセス」にも様々あり「集荷依頼の受付業務」もあれば「走行ルート計画業務」もあります。グループの調査結果に照らして適切な抽象レベルで「見出し」を付けてください。
グループの個々の調査結果は一つの「原因」にまとまれば良いのですが、一部の調査結果には他の「原因」が見られる場合はもあります。その場合はグループを分けて、それぞれに見出しを付けてください。もし、「仲間外れ」の付箋紙に何か見出しを付けられるような「原因」を見出せない場合は、そのまま置いておきます。
(フェーズ1)では、そもそも、「原因」の「結果」になることを想定して調査した訳ではありません。なので「結果」らしくない調査結果もたくさん含まれていると思います。ここでは、そのような調査結果も「結果」として読み替えたらどうか?」という発想で考えてみてください。
ただし、どうしても「結果」のようには捉えられない調査結果は「仲間外れ」のままで結構です。
同じ要領でそれぞれのグループに見出しを付けていきます。そのとき、既に見出しを付けた他のグループに持っていった方がしっくりくる付箋紙がある場合は、移動してください。「仲間外れ」になった付箋紙同士に同じ内容のものがある場合はこれらをグルーピングして見出しを付けます。複数のグループに所属する付箋紙があっても構いません。この当たりの要領は「2-2-1目的の探求」と同じです。
「宅配ビジネス」を例にすると、ある調査結果のグループが、
集荷受付システムに関するものの場合は「出来るだけ早く集荷するため」
トラックの走行ルートに関するものの場合は「出来るだけ早く配達するため」
ドライバーのシフトに関するものの場合は「ドライバーの過不足を起こさないため」
集荷受付要員のシフトに関するものの場合は「集荷依頼の件数が変動するため」
という感じです。
2-2-2-2 「中見出し」の設定
一通り、グループに「見出し」を付けたら、今度はこの「見出し」に着目します。先ほどはグループ内の個々の調査結果が「結果」で見出しが「原因」でした。今度は「見出し」を「結果」として見ていきます。
「見出し」を「結果」として見たとき、同じ「原因」と考えられるものをまとめてグルーピングします。そして、これにまた「見出し」を付けていきます。これを「中見出し」と呼びましょう。
先ほどグループに付けた、
「集荷依頼の件数が変動するため」
「ドライバーの過不足を起こさないため」
には「忙しい時と暇な時があるため」というような「中見出し」を付けられます。
一方、
「出来るだけ早く集荷するため」
「出来るだけ早く配達するため」
をグルーピングすると「配達と集荷という異なる顧客に満足してもらうため」という「中見出し」になります。
2-2-2-3 「統合見出し」の設定
一通り「見出し」のグルーピングと「中見出し」付けが終わったら、同じ要領で、今度は「中見出し」を「結果」と捉えてグルーピングし「統合見出し」を付けます。
上の例で言えば、
「忙しい時と暇な時があるため」
「配達と集荷という異なる顧客に満足してもらうため」
の見出しとして「顧客のタイミングに合わせて異なるサービスを同時に提供するため」
というような「統合見出し」が付けられます。
顧客のタイミングに合わせるビジネスはたくさんあると思います。しかし、そんな業務を2つ同時に(多くの場合1人のドライバーが)行うのは宅配くらいではないでしょうか?
ここまでくると、宅配ビジネスの本質がおおよそ見えてきます。それぞれの階層で「仲間外れ」が出たときの対応などは、最初に「見出し」付けしたときと同じです。この手順を、最終的に一つの「見出し」に統合されるところまで繰り返しますが、無理に抽象化することで本質が散逸してしまうようであれば、その前のレベルで止めて構いません。2~3個の見出しに収斂していれば、それで結構です。
最終的な「統合見出し」が「原因」という観点におけるターゲットの本質です。これを見て「しっくりくる」という場合はいいのですが、「今一つ、自分のイメージに合わない」という場合は、「2-1基礎的な抽象化」のグルーピングからやり直してください。または、この節の最初に戻って「結果」→「原因」の階層構造を作り直してください。
この一連の抽象化プロセスでは、自分の意志をどんなに反映しても構いません。自分の興味や関心でグルーピングを様々に変更しても、個々の調査結果を読み替えても結構です。
しかし、最終的に出てきた「統合見出し」を自分のイメージに合わないからといって、これらのプロセスを経ずに書き換えるのはやめましょう。それでは先入観に基づいた「本質らしきもの」にしかなりません。ボトムの情報を信頼することが重要です。ボトムアップ思考の結果こそが、先入観を排除したターゲットの本質です。それがもし自分のイメージに合わない場合は、そこに大きなヒントが潜んでいる可能性があります。
ここまでの手順をおさらいします。
・「2-1基礎的な抽象化」で作ったグループを「結果」と捉え「原因」となる「見出し」を付ける。
・このとき、グループ分けを見直しても良い。
・「見出し」を「結果」と捉え同じ「原因」が考えられるものをグルーピング。
・このグループの「原因」になる「中見出し」を付ける。
・「中見出し」を「結果」と捉え同じ「原因」が考えられるものをグルーピング。
・このグループの「原因」になる「統合見出し」を付ける。
2-3 物理的構造と機能的構造の抽出
次に着目するのはターゲットの「物理的構造」と「機能的構造」です。
ターゲットが有形物の場合、物理的構造を持っています。クルマにはタイヤがあり、そこに車体が載せられていて、車体にはドライバーシートが組付けられています。ドライバーが握るステアリングはコラムを通してタイヤに繋がっており、スチアリングの回転をタイヤに伝えます。このようなモノとモノの関係性のことを物理的構造といいます。
有形物にはこのような物理的構造に加え、機能的構造もあります。クルマの主な機能は「動く」「曲がる」「止まる」になりますが、これらの働きのことを機能と言います。クルマの「動く」機能は「曲がる」機能と一緒に使われます。「動く」機能と「止まる」機能は一緒に使われることはありませんが、交互に使われます。このような機能と機能の関係性のことを機能的構造と言います。
物理的構造と機能的構造は別々に独立しているのではなく、これらの間にも関係性があります。「動く」機能のためにはエンジンやトランスミッションなどの物理的構造が関係しています。「曲がる」機能では、ステアリングやタイヤが重要な役割を担い、「止まる」機能ではブレーキシステムが利用されます。
ビジネスやサービスなど無形物の場合は物理的構造はありませんが機能的構造があります。ビジネスモデルやバリューチェーンなどは、ビジネスの機能的構造を抽象化して表したものです。
ここでは、物理面と機能面に着目して構造化することでターゲットの本質を探ります。構造化する素材は「2-1基礎的な抽象化」の結果になります。まずは、グルーピングしたものに名前を付けていきます。あまり深く考える必要はありません。グループを表す短いキーワードを付けていきましょう。
2-3-1 物理的構造の抽出
ターゲットが有形物の場合、物理的構造の抽出を行います。「2-1基礎的な抽象化」では単に似ているものをグルーピングしました。ここでは、構造に着目してグループ同士の関係を見つけます。必要であればグループを更に小グループに細分化したり、グループ自体を見直しても結構です。「2-1基礎的な抽象化」の結果を全て網羅的に構造化する必要はありません。全体を見渡して構造化できそうなグループを選択します。ある一つのグループのなかの個々の付箋紙を構造化できるかもしれません。あきらかに物理的なことではないグループは対象外として端に寄せておきましょう。
【階層構造】
大抵の物理的構造には「階層構造」があります。エンジンはシリンダーやピストン、点火プラグなどから構成されますし、車体はフレームやフロア、ダッシュボードなどから構成されます。グループとグループの間にこのような「階層構造」があるか確認してください。更に、グループの中の付箋紙にも「階層構造」があるか確認してください。
「階層構造」を抽出するとき、どのレベルに視点を置くかにも注意してください。ターゲットが「クルマ」という製品であれば、エンジン、車体、駆動系...というレベルになりますが、例えば「クルマ」を移動手段として捉えれば、交通システム全体に視点を置く必要が出てきます。道路、信号機、ガソリンスタンド...などが物理的要素になってきます。反対に「クルマ」のある部分に焦点を当てている場合には、別の視点が必要です。例えば、安全装置にフォーカスしているなら、カメラ、センサー、レーダー...などが重要な物理要素になるでしょう。
このようにターゲットをマクロで見るかミクロで見るかでフォーカスする物理要素は変わってきますので、適切なレベルで「階層構造」を抽出してください。
【順序構造】
同じ要領で「順序構造」についても見ていきます。例えば、クルマを動かすエネルギーに着目してみます。ガソリンが持っているエネルギーは化学エネルギーですが、これが燃焼によって熱エネルギーに変換されます。この熱エネルギーによってピストンが押し出されることで運動エネルギーに変換されます。
ピストンはシリンダーのなかを直進しますがこの運動はクランクシャフトによって回転運動に変換されます。クランクシャフトの回転はいくつもの歯車を通してタイヤに伝えられタイヤを回転させます。タイヤは地面と接しており、摩擦によりクルマを直進させます。
運動エネルギーは「直進」から「回転」に、また「直進」にと、その方向を何度も変えています。このようなエネルギーの伝搬や変換に着目することで「順序構造」が明らかになります。
また、有形物は必ず製造プロセスを持っていますので、ここにも「順序構造」があります。板金を「プレス」して「溶接」しできた部材を「組立」て車体を作り最後に「塗装」する...などの製造プロセスは利用面では分からないクルマの本質を表している可能性があります。
このような物理的構造は「階層構造」または「順序構造」のどちらかだけで整理できるとは限りません。エンジンを頂点にする階層構造のグループと駆動系を頂点にする階層構造のグループは「順序構造」でつながっているかもしれません。或いは、エンジンのグループ内を「階層構造」として捉えることもれきれば「順序構造」として捉えることも可能です。色々な可能性を探ってみてください。
2-3-2 機能的構造の抽出
機能的構造は有形物にも無形物にもあります。有形物の場合でもモノに着目するのではなく、機能に着目して構造化することができます。
2-3-2-1 有形物
【階層構造】
クルマの主な機能は「動く」「曲がる」「止まる」といいましたが、例えば「曲がる」機能にはステアリングの動きをタイヤに伝える機能があります。他にウィンカーなども「曲がる」機能として考えることができます。ウィンカーはクルマが曲がるときにその方向を示すため点灯するよう法令で決まっているものですが、もちろん、ウィンカーを点けずに「曲がる」ことも出来ます。しかし、実際にクルマを公共の道路で利用する場合はウィンカーが無いと「曲がる」ことができません。なのでウィンカーは「曲がる」ための重要な機能の一つといえます。ここが物理的構造とは異なる点になります。
「動く」「曲がる」「止まる」という機能以外にも、例えば「安全」という観点で機能を抽出することも出来ます。夜間の走行は遠くまで視界がきくハイビームが安全ですが、対向車がある場合は危険です。最近は対向車を感知して自動で切り替える「自動ハイビーム機能」が装備されるようになっています。また「横滑り防止機能」はカーブを曲がるときにクルマがカーブの外側へのふくらんだり、内側へ巻き込んだりする挙動を防止するものです。「自動ブレーキ機能」は障害物を感知して減速する機能です。
「自動ハイビーム機能」は「動く」機能、「横滑り防止機能」は「曲がる」機能、「自動ブレーキ機能」は「止まる」機能として階層化することもできます。安全に関する機能は様々な機能を横断して装備されているという構造が見えてきます。
【物理的構造と機能的構造の関係】
クルマが止まる(減速する)ためには通常のブレーキの他にエンジンブレーキも重要な役割を果たしています。「動く」機能で中心的な役割を持つエンジンが「止まる」機能としても使われています。エンジンという物理的構造は機能的には「動く」と「止まる」という正反対の機能に利用されています。
一方、ハイブリッド車などではブレーキをかけたときの運動エネルギーを回収してバッテリーを充電する仕組みを持つものがあります。これは「止まる」機能で中心的な役割を持つブレーキが「動く」機能にも貢献しているという例になります。このように物理的構造との関係で機能的構造を把握すると新しい発見があります。
【順序構造】
利用面に着目すると、ドアを開けて、シートに座り、エンジンを始動して、アクセルを踏んで発進...のような「順序構造」が見えてきます。視点を変えると、クルマを購入して、日常に利用して、定期的にメンテナンスを行い、廃車して、新車を購入する...というような利用プロセスもあります。ここでも視点をマクロやミクロで考えると新しい発見があります。
2-3-2-2 無形物
【階層構造】
次に無形物の機能的構造を考えます。「2-1基礎的な抽象化」におけるグループに簡単な名前を付けます。そして、ターゲットの機能である「働き」に関係しているグループを残して、あとは端に寄せておきます。残ったグループを見渡して、異なるレベル感のものが無いかを確認します。
下図は宅配ビジネスの例になりますが、例えば「バーコードリーダー」に関するものは、ある業務の一部に焦点を当ており、他のグループとはレベル感が異なります。良く見ると「集荷受付業務」というグループがあり、この中の一部とも考えられます。「集荷受付シフト管理」も「集荷受付業務」を行う要員の管理なので、この業務の一部といえます。
「ドライバーシフト」は「集荷受付業務」とも密接に関連しますが、ドライバーは集荷だけではなく配送も行うので「配送業務」とも関連します。なので完全に「集荷受付業務」の一部とは言えません。そのように考えを進めていくと「配送業務」というグループが無いことに気が付きます。その時は、新たに付箋を追加して「配送業務」を作ってしまいましょう。「走行ルート」も同じように集荷と配送のどちらにも属しているようです。「即日配達」は「配送業務」に含まれるので、ここにも階層構造が見えてきます。
【順序構造】
「階層構造」以外にも「順序構造」などに構造化することも可能です。無形物を構造化する際には情報の流れに直目します。情報には以下のようなものがあります。
・書類、コンピュータのデータなど
・お金
・人の指示
・モノの移動
ある要素から別の要素にこれらの情報が流れていれば、その要素間には「順序」の関係性があるということになります。
宅配業務の場合、利用者が集荷を依頼するところからスタートします。集荷依頼を受け付け、集荷予定を作成し、ドライバーが集荷し、配送センターに集積し、配送便に振り分け、ドライバーが配送し...という一連の業務が続きます。一方、集荷依頼とは関係なく、定期的に月一回とか毎日行われる業務もあります。ドライバーのシフト管理などは定期的にシフトを組んで、業務の状況に合わせて見直すのが一般的です。
このとき、どのような情報が流れているのか?その情報はどのように変化しているか?に注意すると、機能の本質を理解することができます。
2-3-3 構造の文章化
さて、ここまで「2-1基礎的な抽象化」を材料に物理的構造と機能的構造を考察してきました。付箋紙のグループを見直したり、線で繋いだり、移動したりすることで、階層構造や順序構造を探しました。それは付箋紙と矢印や線などからなるイメージになっているかと思います。
最後に、このイメージを文章化します。あなたがターゲットに見つけた構造はどのようなものですか?構造のイメージそのものも大事ですが、それを文章化することでその構造に何を見出したかが明確になります。例えば、クルマの物理的構造であれば「部品の階層構造の深さに大きな偏りがある」ということが見えてくるかもしれません。エンジンなどの動力系やトランスミッションなどの駆動系は部品点数が特に多くなります。これは、その部品を製造する下請けメーカーが多いということに繋がり、更には、自動車業界の「系列」を作る原因になっているかもしれません。そして、クルマのEV化が進むと動力系と駆動系の部品点数が大幅に減ります。物理的な階層構造がクルマや自動車業界の本質、更には未来までも表している可能性があります。
宅配ビジネスの機能的構造の場合は「集荷業務と配送業務が対称的な構造になっており共有領域もある」のように文章化できます。サービスは対称的で全く異なっていても、業務は共通化できるというのはよくあることですが、先入観や歴史的な経緯で見過ごされていることがあります。対称的な構造が現れた場合、各々で本質的に異なる部分と、少し視点を変えれば同じように扱える部分があるかもしれません。全く異なる領域と共通領域に分けて、考察することで新たな発見があるかもしれません。
ここまでの手順をおさらいします。
・「2-1基礎的な抽象化」で作ったグループに名前を付ける
・有形物の場合、物理的構造を抽出する。
階層構造や順序構造を見つけ、お互いの関係についても考察する
・機能的構造を抽出する
階層構造や順序構造を見つけ、お互いの関係についても考察する
機能的構造と物理的構造の関係も考察する
・構造のイメージを文章化する
ここでは「階層構造」と「順序構造」に焦点をあてて解説しましたが、構造化には他のものもあります。「循環構造」や「因果関係」などを見つけることができるかもしれません。チャレンジしてみてください。
2-4 矛盾・対立の中和
2-4-1 テーゼとアンチテーゼの選択
「弁証法」を使って調査結果の矛盾や対立を中和します。
ここでも、「2-1基礎的な抽象化」で作ったグループを参照することから始めます(2-2の結果ではありません)。グループごとに付箋紙がまとまっていると思います。付箋紙には調査結果と紐付けるための番号と見出しが書かれています。グループのなかをよく見て代表的なものを上にして重ねてしまいましょう。
このとき、見出しに書き加えたり修正したりしても構いません。グループを代表するような言葉が思いついたら、やってみてください。「2-2 目的と原因の探求」で付けた見出しを意識する必要はありません。気楽に付けて結構です。
全てのグループについて代表の付箋紙を選んだら、次は、これらを見渡して関係があるものをそばに持ってきます。「2-1基礎的な抽象化」では「仲間外れ」の付箋紙はそのままにしておきましたが、ここでは「仲間外れ」も一緒に行います。何となく似ているものが近くにあり、関係の無いものは遠くに離れている状態が出来上がります。
この状態でなるべく離れたものを二つ選びます。これらは互いに矛盾・対立するものです。
例えば「即日配達」に関するグループがあったとします。通信販売の売上が拡大するとともに「即日配達」のニーズも増えており、ドライバーの安定確保や業務効率化など様々な対応が求められているという調査結果です。
離れたところに「カーボンニュートラル」というグループがありました。気候変動への世界的な取り組みに応じて、宅配ビジネスにおいても具体的な対策が求められているという調査結果です。
2-4-2 ジンテーゼの導出
「即日配達」と「カーボンニュートラル」は一見関係がないように見えます。それどころか「即日配達」の量が増えれば、荷物がまとまってから配達するということもできないので、配達便を増やして対応するしかありません。当然、CO2を排出するトラックの運行時間が長くなるので「カーボンニュートラル」とは矛盾・対立してしまいます。かといって、対応しなければ、競合他社にその市場をまるごと取られてしまうので、やるしかありません。
これを弁証法に当てはめると、
・テーゼ(正):即日配達
・アンチテーゼ(反):カーボンニュートラル
ということになります。
トラックを電気自動車にするとか、事業所から近いところは自転車で周るという手もあります。しかし「即日配達」の困難さは競合他社にとっても同じではないでしょうか?そして「カーボンニュートラル」への貢献もすべての個人や企業に求められるものですから、競合他社にとっても課題のはずです。
一見、全く異なることのように見える「即日配達」と「カーボンニュートラル」ですが「競合他社」という観点では共通点がありそうです。
例えば、
・ジンテーゼ(合):共同配送
ということが考えられます。
同じ届け先であれば競合他社の荷物も1つのトラックに積載して配送するのです。そうすれば、お互いに市場を取られる心配はなくなり、トラックの便数も削減できるのでカーボンニュートラルにも貢献できます。
ここから「競争する領域と協力する領域を適切に決めることが重要だ」という気付きが得られます。
2-4-3 アウフヘーベンにおける「気付き」の確認
テーゼ(正)とアンチテーゼ(反)をアウフヘーベン(止揚)することでジンテーゼ(合)に至るわけですが、アウフヘーベン(止揚)における「気付き」が重要です。ジンテーゼ(合)はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)の関係においてのみ成立するものですが、もっと、広範囲に適用できる気付きは、アウフヘーベン(止揚)する過程で得られます。
上の例におけるアウフヘーベン(止揚)をもう少し丁寧に見てみましょう。
「即日配達は大変だけど、やらないと競合他社に負けてしまう」
「でも競合他社も困ってるだろうなぁ」
「そういえばカーボンニュートラルも競合他社が困ってるということでは同じか、、、」
「そうか!競合他社も同じように困っていることはいろいろあるんだ!」
「競争する領域と協力する領域を適切に決めることが重要なんだ」
「即日配達」だけを抽象化しても「カーボンニュートラル」だけを抽象化しても「競合他社」には辿り着きそうにありません。矛盾・対立する関係をアウフヘーベン(止揚)することで「競合他社」「同じ課題」「協力」という概念が導き出されました。
手順をおさらいしてみましょう。
・グループを代表する付箋紙を選んで上にする。
・グループ同士で関係あるものを近くに置く。
・遠くに離れたものを二つ選ぶ。
・二つの矛盾・対立を中和するようにアウフヘーベン(止揚)する。
・ジンテーゼ(合)を得る。
・アウフヘーベン(止揚)における「気付き」を言葉にして書き留める。
遠くに離れた付箋紙のペアを変えて何度か試してみてください。
(フェーズ2)のアウトプット
(フェーズ2)ではターゲットを抽象化することで本質を探ってきました。ここでは以下のような成果が出力されます。
・ターゲットが何に貢献しているかの「目的」とターゲットが何故そうなっているかの「原因」
・ターゲットを形作る要素(物理的・機能的)の間にある関係性を整理した「構造」
・ターゲットの矛盾・対立要素を中和することで得られた「気付き」
これらは、ターゲットの本質を表しているものです。改めて、それぞれを1行の文章で簡潔に整えてください。これらは全部で5つ以内になるようにしてください。それ以上ある場合はもう少し抽象化を頑張ってみましょう。これらのアウトプットを見ていかがでしょうか?「思ってもいない結果になった」という場合は大成功です。先入観や固定観念を払拭してターゲット像が現れたということです。「どうもしっくりこない」「ピントを外している気がする」という場合は(フェーズ2)の最初に戻ってグルーピングからやり直してください。(フェーズ1)の調査結果に問題がありそうな場合は(フェーズ1)まで戻っても結構です。「想定した通りで新しい発見がない」という場合はリトライした方がよさそうです。しかし「思ってもいない結果」が出たけど「しっくりこない」という場合は、思い切って先に進むことをお勧めします。