アナロジカル・デザイン・メソッド
アナロジカル・デザインもコンセプトを理解しただけでは、なかなか実際に活動を始められません。アナロジー思考をデザインに適用するといっても、概念的なものだけでは、結局「センスのある人にはできる」ということになってしまいます。
天才ではない普通の人がクリエイティブな仕事をするためには、標準的な方法を体系的に整理したメソッドが有効です。メソッドを参照することで兎に角、活動を開始することができます。人間の活動の多くは標準化されたメソッドに沿って行われています。建築、医療、製造、情報システム開発、教育、農業...メソッドはあらゆる産業の基盤になっておりその発展を支えてきました。
もちろん、メソッドには限界があります。利用することで成果を約束するものではありません。しかし、メソッドがあることで活動を開始することができ、実績を通じて学び、軌道修正することが可能になります。
初めに、メソッドの意義と同時に限界を確認します。 そのうえで、アナロジカル・デザインメソッドの基本となる3つの特徴について解説します。
・ダブルダイヤモンドによる問題発見と問題解決
・本質を把握するための具体化と抽象化
・問題発見の鍵となるターゲットとベースのマッチング
ここでは、メソッドを使ったデザインの進め方についてのイメージを掴みます。また、メソッドを使用する際の注意事項をおさえます。アナロジカル・デザインの概念については「アナロジー思考の解説」もご覧ください。さらに具体的なメソッドの構造については「メソッドの構造」を参照してください。
関連記事
メソッドの構造
アナロジー思考の解説
Contents
メソッドの意義と限界
「メソッド(Method)」と「方法論(Methodology)」は厳密には異なるようですが、ここでは同義語として扱います。メソッドは目的を伴った活動について、その目的を達成するための方法を体系化したものです。標準化された方法で実行することにより、特殊な能力が無くても目的を実現できるというわけです。このようなメソッドは世の中に数多くあり、私達はその恩恵を受けて暮らしています。
ビーフシチューのレシピがなければ、初めて作る人は厨房に立ち尽くしてしまいます。受診する病院ごとに診察方法や治療方法が異なっていたら、私達はとても不安を感じるはずです。レシピというメソッド化された方法があるので、味はさておきビーフシチューを作ることができます。診察や治療の方法が標準化されているので、健康という重要事を医療機関に託すことができます。
先ほど「目的を達成するための方法を体系化したもの」がメソッドといいましたが、さっそく、修正が必要なようです。料理のメソッド(=レシピ)は美味しい料理を作ることを目的に体系化されていますが、それを保証するものではありません。手順を踏んでいけば「取りあえず作ることが出来る」というものです。しかし、これでも画期的なことです。「作ることが出来ない」から「作ることが出来る」は大きな飛躍で全く次元が異なります。
同じように、診察や治療の方法論を厳格に実施しても治癒を保証するものではありません。でも、診察や治療が可能なのは方法が確立しているためです。どうやらメソッドは「目的を実現する」ためのものではなく「目的を実現するための準備を整える」ためのものと言えそうです。
もう一つ、メソッドの大きな意義は自分の活動を客観的に評価することができるということです。標準となる方法があるので、それとの比較で自分の活動を振り返ることができます。レシピ通りに料理を作らなかったので上手くいかない場合もありますが、逆に思った以上に美味しかったり、短時間で出来ることもあります。
「やはり、あの調味料を入れないと味が締まらない」とか「下準備に時間をかけなくても結果はあまり変わらない」とか振り返ることができるのも、レシピがあるからです。
ビジネスやデザインにおけるメソッドも同じで、必ずメソッド通りに行う必要はありません。その場合でも「このやり方を変えたので」「結果がこうなったのではないか」という評価が可能です。
そして、このレシピで料理を作る人が大勢いるということも重要です。多くの失敗談や成功談が蓄積されますが、多くの場合これらはレシピと関連付けられています。他の人が過去に行った経験を活かすことができるのも、メソッドがあるからです。つまり、同じメソッドを利用する人が多いと、その実績は資産として後の世代に引き継がれるということです。天才が独創的な方法で実現した成果もメソッド化されなければ簡単に真似ることができないので、受け継ぐことは困難です。
そして、多分、一番大きな意義はコミュニケーションが可能になるということです。同じメソッドを参照している者同士は今の活動がどこまで進んでいるかを理解することができます。複数人のチームで活動する場合、これは決定的に重要です。
レストランの厨房で下ごしらえした食材を別の担当者に渡して「あと、よろしく!」と言えるのも、同じメソッドを参照しているからです。食材を渡された者はどこまで加工が進んでいるか分かっているので、すぐ次の作業に取り掛かれます。
メソッドを共有していれば、同じ活動をしている他のチーム(や個人)と意見交換も可能になります。「うちのチームでは○○工程でもっと時間をかけている」という会話もメソッドが無ければ成立しません。
このようにメソッドは、目的を実現するための方法を体系化したものですが、目的の実現を保証しているものではありません。しかし、方法が分かることで活動に取り組むことができ、目的を実現する準備が整います。そして、メソッドとの比較で活動を振り返り、客観的に評価することが可能になります。また、メソッドを共通言語として過去の資産を活用したり、チームメンバーや他者とコミュニケーションが可能になります。
以上はメソッド一般について言えることですが、アナロジカル・デザイン・メソッドにおいても、これらの点は共通しています。
(注意事項)
アナロジカル・デザイン・メソッドも他のメソッドと同様に「目的を実現するための準備を整える」ものです。創造的なデザインを保証するものではありません。しかし、アナロジー思考を使って新しい観点を獲得することができ、正しく問題発見と問題解決を行うための道標にはなります。
アナロジカル・デザインが対象とするのはビジネス、サービス、情報システムに加えて有形物全般も含みます。対象としている範囲の詳細は「大きなデザインと小さなデザイン」をご覧ください。このような広範囲を対象とするので、メソッドは抽象度を上げた表現になっています。各々の活動において対象とするモノやコトに即した解釈をしながら進める必要があります。また、対象とするモノやコトによっては実施する必要のない項目もでてきます。例えばビジネスやサービスを対象としているとき、色や形を検討する必要はありません。不要と思われる箇所はスキップしてください。このメソッド全体の2~5割程度実施することを目標に置けば良いと思います。
アナロジカル・デザイン・メソッドの特徴
ダブルダイヤモンドによる問題発見と問題解決
このサイトではデザインを「問題発見と問題解決を行うための活動」と定義しています。経済的な発展途上においては問題点が明らかで、これを解決する方法が求められました。生産力を高め利益を得る手段が求められたのです。価値観が多様化し一人一人が自分に合った人生を選択する時代。解決方法よりも新しい問題を発見することの重要性が高まっています。
アインシュタインは「私は地球を救うために1時間の時間を与えられたとしたら、59分を問題の定義に使い、1分を解決策の策定に使うだろう」と言ったそうです。D.A.ノーマンは著書『誰のためのデザイン?』で「間違った問題への見事な解決は、まったく解決がないよりもたちが悪いものになる。正しい問題を解こう」と述べています。どちらも「問題発見」の重要さを指摘したものです。
アナロジカル・デザインでは創造的なデザインのために、正しい問題を発見することが何よりも重要だと考えています。そのため、メソッドも「問題発見」と「問題解決」という大きな要素から構成されており、「ダブルダイヤモンド」というデザインの方法に基づいています。 このダブルダイヤモンドは2005年に英国デザイン協議会が初めて導入しその後多くのデザインスクールで採用されるようになりました。後述する「具体化」と「抽象化」のプロセスが一番分かりやすく示されている方法です。
アナロジカル・デザインでは最初のダイヤモンドで「問題発見」を行い、中央の長方形でこの問題を定義します。次のダイヤモンドで「問題解決」を行います。
本質を把握するための具体化・抽象化
人間のあらゆる思考は「具体化」と「抽象化」からなっています。ものを考えて結論(結果)を得る、という活動に「具体化」と「抽象化」は欠かせません。この方法は自然科学はもちろん文学や芸術などの領域でも絶大な効果を発揮してきました。
自然科学はその名の通り自然を観察したり実験で再現することで「具体化」し、その結果を「抽象化」することで法則や理論を構築する活動です。自らの経験や取材を通して「具体化」した人間の営みに基づき、これを文章と言う形式で「抽象化」したのが文学です。音楽は抽象化の手段に「音」を使い、絵画は「キャンバスと絵具」を使うという違いはありますが、創作者の頭の中で「具体化」と「抽象化」が行われていることに違いはありません。自然科学も文学も芸術も、単に与えられた問題を解いているのではありません。自らが問題を設定しそれを解決していくものです。
このように単一の答えがない領域では論理的に考えるだけでは問題点も明らかになりませんし、また、解決方法にもたどり着けません。デザインが対象にする領域も同じように問題自体が曖昧で一つの答えというものがありません。そこで、アナロジカル・デザインのメソッドにおいても「具体化」と「抽象化」を繰り返す構造になっています。
物事の本質的な意味や目的を明らかにするために「抽象化」を行いますが、そのためには具体的な材料がなければできません。自然科学の場合は実験結果、文学の場合は人生経験にあたります。なので、最初にターゲットを適切に「具体化」し次に「抽象化」するというステップを踏みます。問題発見においても問題解決においてもこの本質レベルをきちんと押さえる必要から具体化と抽象化を繰り返す構造になっています。
問題発見の鍵となるターゲットとベースのマッチング
アナロジカル・デザインはアナロジー思考によって新たな観点を獲得しこれによって問題を明らかにしていきます。問題を発見し解決したい物事を「ターゲット」と言います。「ターゲット」の目的や構造など、抽象化したレベルで似ている領域を「ベース」と言い、これを見出すことを「マッチング」と言います。
単に類似しているだけでなく「ベース」の目的や構造を「ターゲット」に取り入れることで、有意義な特性が生まれることがポイントです。「マッチング」が成立するということは「ターゲット」に取り入れるべきカケラが見つかるということです。つまり「ターゲット」に欠けていた部分を顕在化することになり、これが「問題発見」になるということです。「ターゲット」の問題を発見するときに「ターゲット」の事だけを考えるのではなく「ベース」との類似点から検証することで新しい観点を獲得します。このように「問題発見」にアナロジー思考を使う点がアナロジカル・デザインの一番大きな特色です。
ターゲットに無いがベースには有るという要素を発見することで、ターゲットの問題をあぶりだしていきます。問題が定義できたら、2つめのダイヤで解決方法を探ります。
ここまで「ターゲット」の具体化と抽象化から始めて「ベース」とマッチングするプロセスについて述べましたが、最初に「ベース」の具体化・抽象化を行い「ターゲット」とマッチングするという方法もあります。この場合、自分の好きな領域や詳しい領域について、具体化と抽象化を行い本質レベルで把握します。これを「ターゲット」に適用できないかマッチングするというプロセスになります。
前者を「プロセスA」、後者を「プロセスB」と呼びます。本サイトでは断りが無い限り「プロセスA」に関する記載になります。